69日目 『楽しいドライブ』


 車を運転していると、カーナビがわたしに言う。


『次の交差点を、右に曲がってください』


 わたしは言われたとおり右にハンドルを切る。


 右折を済ませたわたしに、カーナビが言う。


『そのまま直進してください』


 わたしは言われたとおり真っ直ぐ車を走らせる。


 信号が遠くに見え始め、カーナビがわたしに言う。


『次の交差点を左に曲がってください』


 わたしは言われたとおり左にハンドルを切る。


 左折を済ませ、直進を続けるわたしに、カーナビが言う。


『そのままドライブを楽しんでください』


 わたしは「わかりました」と言う。


 それからしばらくして、カーナビが言う。


『本当に楽しんでます?』


 わたしは答える。


「実を言うとあまり楽しんではいません」


『それはいけません』カーナビが言う。『ドライブは楽しむものです。人生と同じように』


「そう言われましても」わたしは言う。「車を運転していると緊張するもので」


『なにか音楽でも掛けてみてはどうですか?』カーナビが言う。『ドライブと音楽は切っても切り離せないものです。人生と同じように』


 わたしは言われたとおり持っていた音源を再生する。


 ジミ・ヘンドリックスの『アー・ユー・エクスペリエンスト?』、1曲目の『フォクシー・レディー』がカーステレオから流れ出す。


『どうです?』カーナビが言う。『楽しくなってきましたか?』


 わたしは答える。「まあ、多少」


 わたしとカーナビを載せた車は進み続ける。


 カーステレオからは次々とジミ・ヘンドリックスの楽曲が流れ出す。


 5曲目の『ラヴ・オア・コンフュージョン』が流れ始めた辺りで、カーナビがわたしに言う。


『ちょっと車を停めてください』


 わたしは言われたとおり車を路肩に停車させる。


「なにかあったんですか?」


 わたしの質問にカーナビが答える。


『ここらで少し休みましょう』


「休む?」わたしは言う。「でもそろそろレストランの予約時間なんですが」


『まあまあそう焦らずに』カーナビが言う。『ドライブというのは焦ってはいけませんよ。人生と同じように』


 わたしは言われたとおり車を停めて休む。


 わたしとカーナビを載せた車は止り続ける。


 わたしとカーナビとその他宇宙のすべてを載せた時間は進み続ける。


 カーステレオからはジミ・ヘンドリックスの楽曲が続々と流れ続ける。


 ボーナストラックの『パープル・ヘイズ』が流れ始めた辺りでカーナビがわたしに言う。


『では、そろそろ出発しましょうか』


 わたしは言われたとおり車を発進させる。


 レストランの予約時間まではもうあと僅かしかしない。


「この調子で間に合うんですか?」


 カーナビが答える。


『では近道をしましょう』


 画面の表示が切り替わり、新たな矢印が出現する。


『200メートル先を左に曲がってください』


 わたしとカーナビを載せて走る車の左側には長い山林が続いている。


「200メートル先には交差点などないですよ」


『そのまま山林に突入してください』カーナビが言う。『時には道なき道を進むことも必要なのです。人生と同じように』


 わたしは言われたとおり200メートル先で左折し、山林の中に車を侵入させる。


 木々の隙間をくぐり抜け、わたしは車を走らせる。


 舗装されていない道を走り、振動がわたしの身体を幾度となく揺さぶっていく。


 カーナビがわたしに言う。


『そのまま直進してください』


 わたしはカーナビに言う。


「正面にどこかの邸宅の壁があるんですが」


 カーナビがわたしに言う。


『時には壁に向かって突き進むことも必要なのです


 カーナビがわたしに言う。


『人生と同じように』





                 ◆◇◆





 つまりですね、お巡りさん。


 わたしが車をぶつけたのは、


 そういった顛末ゆえなんです。


 ええ、そうです。


 その通りです。


 カーナビはなんて言ってます?


 え?


 壊れた?


 ぶつかった衝撃で?


 もう喋れない?


 そうですか。


 残念です。


 悪いやつじゃなかったんですが。

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