56日目 『流れる星』


 その男は、わたしにこのようなことを訊ねてくる。


「流れ星に願い事をすると、その願いが叶う、という話を聞いたことがあるかな?」


 わたしは「ええ、ありますよ」と答える。

 男は「では、その話は真実だと思うかな?」とわたしに聞いてくる。


「うーん、どうでしょうね」とわたしは答える。「あまり明確な因果関係があるようには思えませんが」


「確かにね」と男は言う。「でも実はそこにはちゃんとした因果関係があるんだ」


 そうなんですか? とわたしは言う。

 つまりこういうことなんだ、と男は話を始める。


「つまりだね、流れ星というのは突然現れるだろう?」男は言う。「そして現れた直後に一瞬で消えてしまう」


 わたしは「そうですね」と言う。


「君は流れ星を見たことはあるかな?」


 わたしは「ありますよ」と言う。


「では、そのとき流れ星に願い事をしたかな?」


 わたしは「いや、してないですね」と言う。


 そして男はこのように訊ねてくる。


「何故、しなかったのかな?」


 わたしはこのようなことを答える。ええと、願い事を言おうかなと思ったときには、大体もう消えちゃってるんですよね、流れ星って。


 男は言う。そう、そこが重要なポイントだ。普通の人間にはまず、不意に見えた流れ星が消えるより先に願い事を言うのは無理なんだ。じゃあ逆に考えてみよう。不意に目の前に現れた流れ星が、消え去るまでの一瞬の間に、願い事を言うことが出来るとしたら、それはどのような人間だろうか?


 わたしは考える。ええと、それは願い事が予め決まってないと無理ですよね、まず。で、もし流れ星が見えたらすぐにその願い事を言うぞと、意識していないと。


「そう、その通りだ」男は言う。「自分の願いが何なのかを明確にしておくこと、そして、もしその願いを叶えられるチャンスが目の前に現れたら、すぐにアクションを起こすという意識を持ち続けること。流れ星に願い事が出来るというのは、そういうことなんだ」


 ここまで言えば君にもわかると思うが……そう言いながら男はわたしの顔に目線を向けてくる。わたしが黙っていると、男の方からまた話を始める。


「要するにだね、自分の願いを明確にして、それを叶えるチャンスを見逃さないこと。願いを叶えるにはそれが必要なんだ。逆に言えば、それが出来てない人間には、願いを叶える資格はない。流れ星の説話は、それを象徴してるということだね」


「なるほどですね」とわたしは言う。「説得力ありますね」


「では、一つゲームをしよう」


 男はそう言って、自分の右手で拳を作り、それを頭上に掲げてみせる。


「この手は流れ星だ」男は言う。「今からこれに願い事をしてみてくれ」


 そう言った直後から、男の拳は下方に向かって動き始める。本物の流れ星に比べれば、その動きは遥かに遅い。それでもわたしが何か言うよりも先に、その拳は最下点へと到達してしまう。


「出来なかったね」男は言う。「つまり君は絶対に叶えたいという明確な願いを持っていないということが、これでわかるわけだ」


「確かにそうですね」とわたしは言う。


「別に気に病むことはない。大抵の人間は、実際のところ、本気で叶えたい願い事なんて持っていないものだ。でもみんなそれを自覚していない」


 男は言う。


「さて、これを踏まえた上で、君に話があるのだが……」


 そう言って男はこちらに身を乗り出してくる。

 男の上半身は大きく傾いてこちらに近づいてくる。


 男の下半身はランプに繋がっている。

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