93日目 『スリーピングのブリーフィング』


 眠れない夜、ベッドに横たわり、目を閉じて、瞼の裏側を見つめながら、わたしはこのようなことを考える。


 ――何故、人は眠りをコントロールできないのだろうか?


 例えば、わたしは自分の身体を自分の意志で動かすことができる。


 自分の意志でベッドの上に身体を横たえることができる。


 自分の意志で目を閉じて、眼球に入る光を遮断することができる。


 だが、そこから先。


“眠りに入る”ということについては自分の意志ではコントロールできない。


 わたしは思う。


 ――何故、できないのだろうか?


 もし、神が人間を作ったというのなら、何故そのような設計にしたというのか。


 大それたことではない。


 ただ自分の意志で、自由に眠りたい。


 これは赦されざる願望なのだろうか?


 悪しき考えなのだろうか?


 他人をコントロールしたいのではない。


 自分で自分をコントロールしたいだけなのだ。


 自分の手足を動かすことと同じように自分の眠りを自分でコントロールしたい。


 わたしはベッドの上に仰向けになり、目を閉じて、全身の筋肉を弛緩させる。


 ここまではコントロールできる。


 わたしの出した指令の通りに肉体は駆動する。


 だが、一向にその先に進むことができない。


 眠気は訪れることがない。


“眠気”


 わたしは考える。


 眠気とは、一体何なのだろうか。


 わたしの内側にあるものでは、ないように思えてくる。


 わたしの内側にあるものなら、わたしの意志でコントロールできるはずだ。


 だが、眠気はコントロールできない。


 他人をコントロールできないのと同じように。


 つまり、眠気とは他人ということなのだろうか。


 例えば、他人に対して“うちに来てくれないか?”と誘う。


 だが、その誘いに応じてくれるかどうかは、わたしの意志ではコントロールできない。


 眠気という存在も、それによく似ている。


 つまり、眠りとは、自分ひとりで行うものではないのかもしれない。


 自分じぶんと、眠気たにん


 両者の合意があって初めて行われるもの。


 そのように考えれば、眠りをコントロールできないということについても、諦めが付く。


 他人をコントロールできないのは、当然だ。


 そう考えると、わたしにできることは一つ。


 眠気が、わたしの元を訪ねてきてくれることを、ただ祈ることだけだ。


 わたしはベッドの上に仰向けになり、目を閉じて、全身の筋肉を弛緩させながら、眠気がわたしの元にやってきてくれることを祈る。


 ――どうか、わたしの元に来てくれ。


 どうか、一刻も早く来てくれ。


 ……だが、一向に眠気がやって来る気配はない。


 わたしは段々と退屈を感じ始める。


 無為に時間を浪費しているような気持ちになる。


 ――眠気が来てくれるのを祈り続けていても埒が明かない。


 ――何もせずに眠気が来るのを待ち続けるより、一度起きて、読書でもしながら待ったほうがいいのではないか?


 そのような考えが浮かんでくる。


 わたしは、その考えに賛同する。


 そして一度起きようと思い、目を開けようと思う。


 そこで、このような考えが浮かんでくる。


 ――


 ……?


 わたしは突然浮かんできた考えに、困惑する。


 今まで考えていたことと、何の脈絡的つながりもない。


 この部屋に、誰かがいる?


 誰が?


 冷静に考えれば、わたしの他にこの部屋に誰かがいるはずもない。


 就寝前、この部屋にはわたししかいなかったし、消灯し、床に就いたあと、寝室のドアが開閉された気配もない。


 わたしは一体何を考えているのだ?


 だが、一度浮かんでしまった考えをわたしは消すことができない。


 この部屋に、他の誰かがいて、


 その誰かは、


 唐突にそのような考えが浮かび、


 わたしは自分の瞼を開けることができない。


 瞼を開けたら、自分を見下ろしている誰かと、目が合ってしまうかもしれない。


 そのような考えが頭の中を駆け巡り、わたしは瞼を開くことができない。


 わたしは瞼を固く閉じ、身を縮こまらせながら考える。


 ――何故、このような考えが?


 わたしは考える。


 もしかして、“考え”というのは、自分の内側にあってコントロールできるものではないのだろうか?


 眠気と同じように、コントロールできない他者なのだろうか?


 だとしたら……


 今こうしてわたしの頭を駆け巡っている“考え”は何なのだろうか?


 わたしは考える。


 考えるということについて考える。


 そして今夜も眠ることができない。

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