32日目 『作動条件が不明の爆弾』


 もう結構昔のことになるのだが、爆弾と話をしたことがある。


 いや、正確には爆弾ではなくて人間だったのかもしれないのだが。


 話を元に戻そう。






                 ◆◇◆




 その日は、朝のニュースで近年まれに見る強さの勢力の台風が接近しているという情報が流れていた。

 わたしの住んでいる地域では、その段階ではまだ雨はなかったが、空は曇っていて、断続的に風が吹き抜けていた。

 わたしは昼過ぎころに、家の窓に外から木の板を打ち込んで補強をしていた。


 あの男が現れたのは、その時だった。


 男が家の前を通りがかった時、怪我をしているのがわかった。

 左前腕を右の手で抑えていた。その指の隙間から血が滲んでいるのが見えた。

 わたしが男に目を向けていると、男の方もこちらに目を向けた。

 互いの視線が交錯した。

 先に話しかけたのは、多分わたしの方だったと思う。

「大丈夫ですか?」と言った。

「怪我をしているように見受けられますが」と続けて言った。


 その後の会話の細かい内容はよく覚えていない。

 男は明らかに憔悴して、混乱している様子だった。

 早口で呂律が回っておらず、発言内容を汲み取るのは困難だった。

 とりあえず、怪我をしているのは間違いないし、それで苦痛を感じていることも確かなようではあった。

 わたしは言った。

「傷の手当をしましょうか?」

 それからこう言った。

「家に上がってください」




                 ◆◇◆



 包帯と消毒液で傷の手当をし、リラックス効果のあるハーブティを飲ませると、男はようやく落ち着いて話ができる状態になった。

 男は「ありがとうございます」と言った。

 いや、「どうもすみません」だったかな? 

 両方どちらも言っていたかもしれない。

 わたしは「いえいえ」と返した。これは間違いない。

 それからこう言った。

「何かあったんですか?」


 その直後、男は言葉に詰まるような様子を見せた。

 何か訊いてはいけないことを質問してしまったのかもしれないと、わたしは思った。

 何かこちら手動で話題を変える方向に持っていったほうがいいかなということについて少し考えた。

 でもそれより先に、男のほうが口を開いた。


「そうですね……治療のお礼に、あなたにだけは真実をお話します」


「はい」


「実はわたしは政府の職員でして」


「はい」


「これは一般には公開されていない極秘情報なんですが」


「はい」


「実は今この星は、宇宙人から侵略を受けているところなんです」


 わたしは「はい」と言った。





                 ◆◇◆



 そこから男は、その宇宙人がなんという星から来てどういう文化背景を持っていて、何の目的で地球を侵略に来ているのかという話をかなりの尺を使って懇切丁寧に説明してくれた。

 そのへんの詳細は一切記憶に残っていない。

 ただ、唯一覚えているのは、その宇宙人が侵略のために用いたというの話だ。


「それでですね、捕虜にした宇宙人の脳から引き出した情報で判明したのですが」

「はい」

「宇宙人はこの星に爆弾を送り込んでいるんです」

「ここからが重要なのですが、その爆弾というのがなんとこの星の人間の姿をコピーしたものなんです」

「はい」

「しかも姿だけじゃなありません。記憶や人格までコピーしていて人間と同じように活動できるんです」

「はい」

「つまりですよ、普通の人間と思っていたらそれが実は爆弾という可能性があってですね」

「はい」

「勿論、急にこんな話をされてもとても信じられないでしょうが」


「そんなことはありませんよ」わたしは言った。「そういうこともあるでしょう」


「それと、これは大変言いにくいことではあるのですが」


 男はハーブティーの残りを一気に飲み干し、それからこう言った。


「わたしが、その爆弾である可能性があるのです」





                 ◆◇◆




 男の話は、簡潔にまとめると以下のようなものだった。


 今朝、男が職場に出社すると、そこには自分がすでに出勤していた。


 自分と同じ姿をして自分と同じように振る舞う存在が、そこにいた。

 男は反射的に、それが自分をコピーして作られた爆弾に違いないと推測した。

 同時に、目の前のそれも全く同じことを考えたらしく、両者はどちらも「こいつはわたしをコピーして作られた爆弾だ」と主張した。

 職場は騒然となり、混乱が巻き起こった。どちらが爆弾なのかを判別する手段はその場にはなく、両者の主張は平行線を辿った。そこから論戦は格闘戦に移行した。男は負傷しつつも相手をノックダウンさせたが、自分自身が爆弾でないことを証明する手段がなく、周囲の人間から追い出されるようにして逃げてきた。


「ははあ」わたしは言った。「それはそれは」


「もうそろそろここを出なくては」男はそう言って立ち上がった。「わたしが爆弾という可能性がある以上、ここに留まっていてはあなたを危険にさらしてしまう」


「いつ爆発するかって、わからないんですか?」


「ええ、そうです」男は言った。「爆弾の作動条件は、不明なんです」



 わたしは「でもこれから台風が来るそうなので外に出ずに屋内にいたほうがよくないですか?」と伝えたが、男は申し出を固辞し、どこかへ走り去っていた。



 それ以来、その男には会っていない。




                 ◆◇◆




 その話を信じたか?


 どうだろう。「そういうこともあるでしょう」と言ったのは本心からだったが、そうは言ってもそれが確実に真実であると信じ切っていたかというとそうでもない。

 どちらかといえば、真か偽かで言えば偽の方が強かった。

 男の話は、前にSF小説で殆ど同じ筋の作品を読んだ記憶があったし、その日の夕刊で、近所の精神病院から脱走者が一人出たという記事が地域欄に載っているのを見て、だったのかなと、おおよそ結論づけていた。



 昨日までは。



 昨日あった、あの事件。

 あの、ショッピングモールで買い物客が突然爆発したという、あの事件。

 あれをニュースで見て、もしかしたあの時あの男が話していたことは、事実だったのかなと、今は真の方に傾いて考えている。


 あの男が話していたように、人間をコピーした爆弾がその辺を普通に歩いているのかもしれないと。


 それで?


 特に何も。


 怖くないのか、と?


 特には。


 もともと人間というのは、多かれ少なかれ作動条件が不明の爆弾みたいなものだし、目の前の相手がその爆弾でも、あるいは普通の人間でも、そこまで大きな差はないでしょう。


 そう思いません? 


 わたしはそう思いますが。

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