86日目 『R.I.P』
あるとき、わたしは強烈な眠気に襲われる。
そのとき、時間帯は昼で、場所は墓地。
わたしは知人の墓参りをしている最中。
数日前から不眠が続いていた状態だったことを思い出す。
わたしの足元がもつれる。
眠気がめまいのようにわたしの頭を揺さぶってくる。
――そこのあなた。
そのとき、誰かがわたしに話しかけてくる。
――随分とお疲れの様子。よければこちらで休んでいきませんか?
わたしが声の方に目を向けると、そこには一台の棺桶が置かれている。
棺桶の近くには真新しい墓石があり、墓石の前方の地面は縦長の穴が掘られている。
――ちょうどいま、わたしの中は空いておりますので。
その声は棺桶から聞こえてくる。
――そうですか? じゃあお言葉に甘えて……
わたしは棺桶の蓋をずらすようにして開けて、その中で横になる。
仰向けのまま手を動かして蓋を閉めると、周囲が暗黒に包まれる。
わたしの意識はまたたく間に眠りに落ちる。
◆◇◆
音が聞こえる。
カン、カン、カン、と何かを叩くような音が。
わたしは眠りから目を覚ます。
もぞもぞと身を捩らせる。
そこで、一定のリズムで打たれていた音が止まる。
――今、中でなにか動かなかったか?
――まさか、気のせいだろ。
わたしは目を見開くが、眼前には真っ暗な闇しか見えない。
そこで、わたしは自分がどこで眠っていたのかをようやく思い出す。
わたしは内側から蓋を叩きながら声を出す。
――すいません、開けてもらえますか?
それから、棺桶の外で何かがバタバタと動く音と気配。
それからしばらくして蓋が開けられ、わたしは外に出る。
外はもう夜で、棺桶の側には葬儀業者らしき男性が二人。
――あんた、こんなとこで何してんです?
男性の一人がわたしに言う。
わたしは諸々の事情をかいつまんで説明する。
男性二人は顔を見合わせる。
――ほら、やっぱり別人だったじゃねえか。
――あー、これやばいことしちゃったかもな。
わたしが、どうされたんです? と訊ねると向こうも諸々の事情をかいつまんでわたしに説明する。
要約すると以下のようになる。
二人がこの棺桶を指定された葬儀場に運んだのだが、葬儀場で蓋を開けてみるとその中でわたしが眠っていた。
二人は、わたしのことを死体だと思い、そしてわたしがこの棺に納まるべき死体であると捉え、本来納まるべきだったはずの亡骸を放置して墓地に戻ってきてしまったと。
――こりゃもう一度、葬儀場に行かなきゃならんな。
――あんたも来てください。先方に事情を説明するために。
そう言われ、わたしは二人とともに近くの葬儀場に向かう。
そこでは喪服姿の人々が、宴会のような雰囲気で飲み食いをしている。
――すいません、葬儀社のものですが。
男性の一人がそう告げると、喪主と思しき女性が出てくる。
――実はですね、先程の棺桶の件なんですが……
男性は事情を説明する。
わたしも説明に加わり、勝手に棺桶に入ってしまったことについて謝罪をする。
女性は言う。
――ほら、やっぱりあんた死んでたんじゃないの。
女性の言葉に、近くで酒を飲んでいた男性が反応する。
――えっ、マジで?
男性が立ち上がる。
――いやあ、棺桶がないってことは、俺が死んだのは何かの間違いってことだったのかと思ったんだけど、そっかー、やっぱ死んでたのか俺。
その男性は死装束を着ていて、額に銃創と思しき空洞が空いている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます