08日目 『鸚鵡が言うには』


 ある朝、玄関先を掃除していると、道端に鸚鵡オウムが落ちているのを見つけた。


 最初は死んでいるのかと思った。

 だが、近づいて見てみると、まだ息があった。

 外傷は見当たらなかった。だが全身がかなり痩せ細り、衰弱している様子だった。

 そして片方の足にリボンのようなものが結ばれていた。

 人がつけたものだろう。


 恐らく、人に飼われていた鸚鵡オウムが鳥籠から逃げ出したか、あるいは捨てられるかして外へ出た。

 だが満足に餌が取れず、体は痩せ細り、衰弱して、地に落ちた。

 そのような背景をわたしは推測した。


 わたしは鸚鵡を家の中に連れ帰った。

 清潔な場所に移し、餌と水を提供した。

 これで回復しなかったら獣医に診せることも考えたが、思いの外すぐに、鸚鵡は元気になった。

 拾ってからしばらくは一切鳴き声を発さなかったが、回復するにつれてその自慢の喉を披露してくれるようになった。

 飼われていた先で覚えたと思われる人語を喋ることも時々あった。



 最初に喋った言葉は、『ツマガオレヲコロシタ』だった。




                ◆◇◆




 それからしばらくのあいだ様子を見たが、鸚鵡が発した人語は以下の三種類だけだった。


『オハヨウ』

『オヤスミ』

 そして、『ツマガオレヲコロシタ』


 聞き違いか、あるいはわたしの知らない言語を喋っている可能性も考えたが、何度聞いても、『妻が俺を殺した』と言っているように感じられた。


 わたしは様々な可能性を検討した。

 その上で、このような背景を推測した。


 ある人物が、自身の妻によって致命傷を負わされた。

 今にも息絶えようとしていくさなか、その人物は自分の飼っていた鸚鵡に向かい、最後の力を振り絞って『妻が俺を殺した!』と何度も何度も言った。

 鸚鵡はそれを覚えた。そして、自ら逃げ出したのか、あるいは被害者が死に際に意図して逃したのか、ともかく何らかの理由で外へ飛び出した。

 それから紆余曲折を経て、わたしの家の玄関先の道端まで辿り着いた。


 恐らくこのようなところではないだろうか。


 わたしは自宅の電話機から警察に連絡を取ることにした。

 もしかするとこの鸚鵡が、未解決の殺人事件を解決する重要な証拠となりうるかもしれない。


『お電話ありがとうございます』

 電話口から女性の声が聞こえた。

『こちら警察署でございます』


「もしもし」わたしは言った。「先日、道端で」


『只今電話が大変込み合っております。

 恐れ入りますが、しばらくこのままでお待ち下さい』


「あ」わたしは言った。「自動音声か」


 わたしは言われたとおりしばらく待った。

 28分後、再び電話口から女性の声が聞こえた。


『はい、警察署です。事件でしょうか? 事故でしょうか?』


「事件です」とわたしは言った。


『もし事件の場合は、お手元の電話機の【1】のボタンを

 事故の場合は、【2】のボタンを押してください』


「あ」わたしは言った。「これも自動音声か」


 わたしは【1】のボタンを押した。


『事件、でございますね。

 それは自首、でしょうか?

 それとも通報、でしょうか?

 自首の場合は【1】のボタンを

 通報の場合は【2】のボタンを押してください』


 わたしは【2】のボタンを押した。


『通報、でございますね。

 それはどのような事件に関する通報でしょうか?

 窃盗に関する通報の場合は【1】を

 詐欺に関する通報の場合は【2】を

 国家への反逆に関する通報の場合は【3】を

 殺人に関する通報の場合は【4】を』


 わたしは【4】のボタンを


『夫婦間の殺人に関する通報の場合は【5】を

 それ以外の犯罪に関する通報の場合は【6】を押してください』


 押しそうになったがすんでのところで指を止め、【5】を押した。

 危ないところだった。


『夫婦間の殺人、でございますね。

 それはどちらがどちらを殺したものでしょうか?

 夫が妻を殺した場合は【1】を

 妻が夫を殺した場合は【2】を

 それ以外の場合は【3】を押してください』


 わたしは【2】のボタンを押した。


『妻が夫を殺した、でございますね。

 それでは提供いただける情報の種類を教えて下さい。

 目撃証言の場合は【1】を

 物的証拠の場合は【2】を

 状況証拠の場合は【3】を押してください』


 この設問については少し悩んだ。

 この鸚鵡は被害者が妻によって殺害される場面を目撃している可能性もあったからだ。

 だが、ここでこの設問が聞いているのは“通報者自身の目撃証言なのかどうか”ということだろうと判断し、わたしは【2】のボタンを押した。


『物的証拠、でございますね。

 それは、動かぬ証拠、でしょうか?

 全く動かぬ証拠の場合は【1】を

 まあまあ動かぬ証拠の場合は【2】を

 あまり動かぬ証拠でない場合は【3】を

 動く証拠である場合は【4】を押してください』


 この設問は、これまでで最大レベルの難問だった。

 確証性の高さ、という点で言うならこの鸚鵡は恐らく“まあまあ動かぬ証拠”が妥当なところだろう。

 ただ気になったのは“動く証拠”という選択肢がわざわざ設けられているという点だ。

 確証性が低い証拠、という点で言うなら“あまり動かぬ証拠でない”という選択肢のみでも事足りたはずだ。

 にも関わらず、設問者があえて“動く証拠”という選択肢を設けた意味、

 それはつまりここでの“動く証拠”というのは“証拠が動物である”ということを指しているのでは?


 わたしは悩んだ。

 悩んだ末、最終的に押したのは【4】のボタンだった。

 わたしは祈るような気持ちで次の設問を待った。


『動く証拠、でございますね。

 それはどのような種類の動く証拠でしょうか?

 哺乳類の場合は【1】を

 鳥類の場合は【2】を

 爬虫類の場合は【3】を

 それ以外の場合は【4】を押してください』


 わたしはグッと、自分の拳を握った。

 やはり先程の設問は、【4】で正解だったのだ。

 わたしは晴れやかな気持ちで【2】のボタンを押した。


『鳥類、でございますね。

 それはどのような種類の鳥でしょうか?

 ハトの場合は【1】を

 スズメの場合は【2】

 カモの場合は【3】を』


 わたしは鸚鵡の番号が呼ばれるのを待った。


『キジの場合は【32】を

 ツルの場合は【33】を

 コウノトリの場合は【34】を』


 わたしは待ち続けた。

 喉が渇いてきたが、今ここで受話器を離れるわけにはいかないので、必死で耐えた。


『キツツキの場合は【155】を

 ペリカンの場合は【156】を

 オウムの場合は【157】を

 ダチョウの場合は【158】を』


 ついにその時が来た。

 わたし決して押し間違えないよう慎重な手付きで【1】【5】【7】の順にボタンを押した。


『オウム、でございますね』


 音声アナウンスが言った。


『それはどのような種類のオウムでしょうか?

 ソロモンオウムの場合は【1】を

 ヤシオウムの場合は【2】を

 フィリピンオウムの場合は【3】を

 タイハクオウムの場合は【4】を

 それ以外の場合は【5】を押してください』


 わたしは傍らの鸚鵡を見た。

 見て、そして少し考えた。


 わたしは受話器を置いた。


 そして台所に行き、水を一杯飲んだ。

 それから身支度を整えて外へ出た。


 外は快晴で、太陽は夏の日差しを余すことなく大地へと降り注がせていた。

 照りつける光の中で、わたしはここからの行動プランを考えた。

 まずは図書館か、あるいは動物園だろうか。


 長い一日になりそうだと思った。

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