66日目 『壁に行く手を阻められたら』


 ええ、では。


 そろそろ始めさせてもらってもよろしいでしょうか?


 ありがとうございます。


 ではまず、始めに。


 今回の件についてのわたしの考えを述べさせてもらうわけですが、


 それよりも先に、まずですね。


 わたしが昔に経験した、ある出来事についてお話したいと思います。


 ええ、はい。


 勿体ぶっているわけではありません。


 ただ、この話を先にしておいたほうが、


 わたしの言いたいことが伝わりやすいのではないかと思いまして。


 皆さん、聞いて頂けますか?


 ありがとうございます。


 では、お話します。


 もう随分と昔のことになります。


 その日、わたしはいつものように起床して、庭の掃除をするために玄関を開けました。


 そこにですね、あるものがあったんです。


 ええ、そうです。


 壁があったんです。


 巨大な壁が。


 その前日までは確かになかったはずのものです。


 その壁によって、わたしは家の外に出ることができなくなってしまったんです。


 それからどうしたかって?


 とりあえず、わたしは一旦家の中に戻りました。


 コーヒーを飲んで気分を落ち着かせました。


 そしてそこからどうするかを考えました。


 そのとき、家にはそれなりに食料の備蓄もあったので、


 しばらくは外に出なくても生活に支障はありません。


 でも、ずっとというわけにはいかない。


 わたしはどうにかして壁の向こう側に行くことを考えました。


 まず最初に行ったのは壁を乗り越えようという試みでした。


 ですが壁はあまりにも高くて、それは不可能でした。


 次に考えたのは壁を破ることができないかということです。


 わたしは家の中から様々な道具を持ち出して、壁の破壊を試みました。


 ですが、壁の強度は予想以上に高く、わたしは壁を破ることもできませんでした。


 わたしは途方に暮れました。


 もしかして一生この家から外には出られないんじゃないかと、


 そう思ったくらいです。


 勿論、そうはなりませんでした。


 でなければ、わたしがこうして家の外に出てここにいることもないわけですからね。


 ええ、わかっています。


 どうやって壁を突破したのか、ということですよね。


 単純なことです。


 壁に言ってみたんですよ。


“そこにいられると外に出られないんでどいてもらえませんか”


 とね。


 そしたら壁はこう言いました。


“あっ、すいません”


 と。


 ええ、そうです。


 それで壁がどいてくれたんです。


 それでわたしは家の外に出ることができたわけです。


 このことはわたしの人生にとって大きな教訓になりました。


 壁に行く手を阻められとき、わたしたちはいつも


 壁を乗り越えたり、あるいは壁を打ち破ろうとしたりしますが、


 そればかりが、壁の向こう側に行く方法ではないということです。


 おわかり頂けたでしょうか。


 で、今回の件についてのわたしの考えなのですが、


 オーナーさんが亡くなっていた部屋は、


 確かに密室だったように思えます。


 本当に密室だったとしたら、


 オーナーさんの死は自殺によるものでしょう。


 ですが、このペンションの壁も、


“どいてもらえませんか?”と話したら、


 どいてくれるタイプの壁ということはないでしょうか。


 もしそうだとしたら、


 オーナーさんの死は自殺に見せかけた巧妙な密室殺人であるという可能性があります。


 なので、まず壁と話をしてみるべきなんじゃないかと、


 わたしは思うのですが、


 皆さんはいかがですか?

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