67日目 『ネズミ考』


 ある日、わたしの家の前にネズミ捕りが置かれているのを見つける。


 木の板に金属のバネ仕掛け。針に刺さったチーズ。


 もちろんわたしはそれに引っ掛かったりはしない。


 しかし、何故このようなものが、わたしの家の前に置かれているのだろう?


 わたしはしばらくの間その問題について頭を悩ませる。


 そうした中で、一つの疑念がわたしの脳内に生み出される。


 もしかして、わたしはネズミだったのだろうか?


 そして誰かがわたしを駆除するために、このネズミ捕りを置いたのでは?


 そう考えると、全ての辻褄が合う。


 もちろんわたしはネズミ捕りに引っ掛かったりはしない。


 針に刺さったチーズを取ったらバネ仕掛けが作動して、金属の枠がわたしの身体を叩き伏せる。


 わたしはそのような推測が可能な思考力を持っている。


 ただ、針に刺さったチーズを見ていると、このように感じる。


 とても、旨そうだ。


 そう感じるということは、やはりわたしはネズミなのだるうか?


 わたしは悩み続ける。


 そして日が暮れて、夜になり、わたしはベッドの上で横になる。


 わたしはネズミなのだるうか?


 結論は出ない。


 その夜、わたしは一睡もできない。








                 ◆◇◆







 翌日、わたしが玄関を開けると、ネズミ捕りは消えている。


 代わりに別のものが、玄関の前に置かれている。


 団子だ。


 小麦粉か、あるいはそば粉を練ったような団子。


 わたしは勿論それを食べたりなどしない。


 恐らくこれはネズミを駆除するための毒餌だろう。


 食べれば生命の危険があるに違いない。


 わたしはそのような推測が可能な思考力を持っている。


 しかし、とわたしは思う。


 このようなものが家の前に置かれているということは、


 わたしはネズミなのではないだろうか?







                 ◆◇◆






 その夜、わたしの家の玄関のドアがノックされる。


 ――このドアを開けてください。


 誰かがそう言ってくる。


 わたしは言う。


 ――どちら様ですか?


 ドアの向こうから答えが返される。


 ――猫です。


 ――猫?


 わたしは言う。


 ――何故、わたしの家に?


 猫は言う。


 ――自分でもよくわからないんですけど、なんかここに来たくなったんです。なんていうか、本能? ってやつですかね。


 わたしは考える。


 猫が本能的にわたしの元にやって来たということは、


 わたしはネズミなのではないだろうか?


 猫は言う。


 ――このドアを開けてください。


 わたしは考える。


 このドアを開ければ、わたしがネズミなのかどうか、


 その答えがわかるのではないだろうか。


 しかし、もし、


 わたしがネズミだったなら、


 ドアを開けたわたしはきっと、


 猫に襲われ命を落とす。


 猫は言う。


 ――このドアを開けてください。


 わたしは考える。


 ドアを開ければきっと、真実が明らかになる。


 だが、場合によってはそこで、わたしの死も確定することになる。


 猫が言う。


 ――このドアを開けてください。


 ――このドアを開けてください。


 ――このドアを開けてください。


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