87日目 『この日なんの日』


 わたしは朝起きて日めくりカレンダーを剥がす。


 めくれてでてきた今日の日付のカレンダーがわたしに言う。


 ――今日は誕生日です。


 誰のです? とわたしが訊ねると、カレンダーは言う。


 ――誰かしらの。


 なるほど、とわたしは思う。


 確かに、人類全体という規模で見れば今日この日が誕生日である人は幾千幾万といるに違いない。


 ――誕生日ですので、今日はおめでたい気分で過ごすといいでしょう。


 カレンダーの言葉にわたしは頷く。


 その日、わたしは一日をおめでたい気分で過ごす。


 明るい色の洋服を着て、鼻歌混じりに家事をこなす。


 夕飯はいつもより奮発して贅沢な品を揃える。


 ステレオから軽快な音楽を流し、買ってきたケーキにろうそくを立てる。


 わたしはバースデーソングを歌いながらろうそくに火を付ける。


 この日に生まれてきた全ての人たちに向けてわたしは祝福の意をあらわす。







                ◆◇◆







 わたしは朝起きて日めくりカレンダーを剥がす。


 めくれてでてきた今日の日付のカレンダーがわたしに言う。


 ――今日は命日です。


 誰のです? とわたしが訊ねると、カレンダーは言う。


 ――誰かしらの。


 なるほど、とわたしは思う。


 確かに、人類全体という規模で見れば今日この日が命日である人は幾千幾万といるに違いない。


 ――命日ですので、今日は喪に服すといいでしょう。


 カレンダーの言葉にわたしは頷く。


 その日、わたしは一日を厳粛な気持ちで過ごす。


 黒い服を着て、テレビやラジオは付けず、静謐とした空間の中で粛々と雑務を執り行う。


 手が空いたときは、黙祷を捧げる。


 時間帯は問わない。


 過去の歴史を紐解けば、1日24時間の中のあらゆる時間帯、あらゆる瞬間で命を落とした人がいるに違いない。


 わたしは静かに目を閉じる。


 この日に亡くなった全ての人たちに向けてわたしは哀悼の意をあらわす。





                ◆◇◆





 わたしは朝起きて日めくりカレンダーを剥がす。


 めくれてでてきた今日の日付のカレンダーに、わたしは訊ねる。


 ――今日はなんの日ですか?


 カレンダーは答える。


 ――なんの日でもありません。


 なるほど、とわたしは思う。


 確かに、365日を1年とし、それを12の月に振り分けるという区分は、ある時代から人類が勝手に始めたことだ。


 今日という日はあくまで今日という日であり、それが暦の上で何月何日だからという理由で特別扱いすることは本質から遠ざかっている。


 ――なんの日でもないのですから、いつもどおりに過ごすのがよいでしょう。


 カレンダーの言葉にわたしは頷く。


 その日、わたしは一日をいつもどおりのやり方で過ごす。


 いつも着ているような服を着て、いつもこなしているとおりのルーティーンをこなす。


 いつも食べているようなものを食べ、いつも見ているようなテレビ番組を見て、いつもどおりの時間に床につく。


 わたしはいつものようにベッドの上で仰向けになり、天井の暗黒を見つめながら、早く眠気が到来してくれることを願う。


 そしていつもどおり、わたしは不眠症に苛まれ、その願いは一向に叶うことなく、ただ刻々と夜の時が過ぎていく。






                ◆◇◆




 次の日の朝、わたしは電話のベルが鳴る音によって不本意な時間に起こされる。


 わたしはのろのろとベッドから這い出て、電話機の前に向かう。


 眠い目を擦りながら受話器を取ると、耳元に怒声がこだまする。


 睡眠不足によって朦朧とした頭は、その話の内容をうまく処理することができない。


 どうにか理解できたのは、昨日わたしは非常に重要で特別な用件を抱えていたにもかかわらず、それをすっぽかしたことについて、電話口の相手は怒っている様子。


 ――昨日はなんの日でもないのではなかったのか。


 わたしは昨日の日めくりカレンダーに対して慨嘆を伝えようとする。


 だが、日めくりカレンダーはいつの間にか今日の分が表示されている。


 昨日は、もうどこにもない。


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