第60話 俺が涙を流すはずがない
『だから、君には……人の優しさや好意から目を逸らさないでいて欲しいの。私みたいになって欲しくないから……。』
家に帰った俺は、逢合さんが話したことを思い出していた。
人の好意から目を逸らす……。
自分では意識していなかった事だった。
人から目を逸らし、人の言葉から耳を塞ぎ続けてきたのは事実だ。
心配してくれる人も、好きになってくれる人もいないと思っていたから、逢合さんの一言が深く胸に刺さったのだ。
自分の殻に閉じこもっていれば誰かに傷つけられることもなければ、誰かを傷つけることもない。ただ自分の世界で認められるものだけを愛していればいい。
だけど家庭環境が変わり、生活環境が変わり、人付き合いが変わったいま、自分の世界以外を否定し続けていてはダメなのかもしれない……。
このまま他者から逃げ殻に閉じこもっていると、否応なしに孤独になる。それが本望かと言うとそうではない。
……1人は辛いし、怖い。
その言葉の意味を逢合さんは教えてくれた様な気がする。ならば今変わるために何ができるのだろう。
義妹の急な態度の変化や、幼馴染の急な不機嫌な態度、アイドル様のいきなりの告白、別れを切り出してきた嫁について知ろうとして来なかった。
見ようとしなければあの時のように傷つく事はない。ただ知ろうとしなければ人が何を考えているのかも分からないのだ。
ならば俺は彼女達を怖がらずに向き合う勇気がは必要なのだ……。
彼女達は読者で、俺は作者なのだ。
俺の表面を見ているに過ぎない。
読者は自分の言いたいことは言える。だけど、見たくないものには答えない。そして俺が書く事を恐れて努力をする事をやめてしまえば読者は離れてしまう。
それと一緒で、彼女達は人を避けてきた俺しか見ていない。
ならば俺は真摯に向き合う努力をしないと彼女達の真意は分からないのだ。
……向き合う……か。
天井を見つめながら、編集者=逢合さんの言葉を思い返す。
すると、コンコンとドアをノックする音がする。
「はい……」
「……ご飯、出来たよ?」
消え入りそうな声で義妹が俺を呼びに来た。
俺は部屋の入り口まで移動し、ドアを開けて義妹を見る。
彼女は下を俯いたまま部屋の前に立っていた。
その姿を見て俺はなぜか笑いがこみ上げてしまい、笑ってしまう。
その笑い声を聞いて驚いた彼女は顔を上げて俺を見る。
「……何?」
「ふふ……いいや、なんでもない。」
笑われた彼女は意味のわからないままで俺の顔をじっとみる。
その瞬間、2人の目が合い……2人しかいない静かな室内に沈黙の時間が流れる。
「……いつも、ありがとう。」
ふと、義妹に感謝の言葉を投げかける。
いつもと言っても、仲直りをしてまだ1週間も経っていない。
だが、短い間ではあるが、彼女は今まであった溝を埋めようとしてくれているのだ。
その事に対してなんの礼もして来なかったと思うと急にこみ上げてくるものがあった。
それはこの一言でいい……。
すると義妹は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「べ、別にお礼なんて言わなくてもいいわよ!!私が勝手にやってるだけだから……。ほら、冷めちゃうわよ!!」
慌てた口振りで足早に下に降りていく彼女の後ろ姿を見て、俺は再び笑ってしまう。
彼女は取り繕う術を知らず、素直になれないのだ……。
そう思うと過去の態度にも少しは納得ができる。
それを楽天的と言えばそれまでだが、彼女の目をちゃんと見て初めて話してわかった事だった。
分からないと他人を否定ばかりしていてはダメだ。
少しづつでいい、彼女を理解していこう。
そう思いながら、俺は義妹の後を追うように階段を下っていった。
ダイニングでは最近では見慣れた光景が広がる。
食卓に並んだ料理とテーブルを挟んで俺の席の向かい側に座る義妹を見ながら席に着く。
「……今日も旨そうだな。」
何気なく呟いた言葉に義妹は顔を赤らめながら必死に無表情を貫いている。
まだ俺たちは素直に笑い合う事はできないだろう。
ただ、それでも俺たちは少しづつでいい、家族としての距離を詰めていければ……。
いつものように食前の挨拶をして、食事を始める。
相変わらず彼女の料理はうまい。
会話の少ない食卓で黙々と箸を進める俺の顔を義妹はちらちら見ながら、口を開く。
「……ねぇ、なんかスッキリした顔してるけど、何かあったの?」
「そうか?なにもないけど……。」
「そう?昨日まではなんか落ち込んでたみたいに見えたけど……。」
……昨日まで?
そうだ、昨日まではネト嫁の事があり落ち込んでいた。だが、確かに今はどこかスッキリしている。
「ああ……、いろいろあって落ち込んでた。だけど、編集さんに会って話を聞いていたら色々とすっかりしたよ。」
ご飯をかきこみながら理由を話すと義妹は暗い顔をする。
「……それって、私の事も関係ある?」
「俺自身の事だから気にしなくていい。……いや、空にも迷惑かけていた気がする。」
「えっ?どう言うこと?」
急な懺悔に義妹の顔は戸惑う。
「俺は今まで人と向き合う事を恐れていたし、誰の話にも耳を傾けてこなかった。だから君に不快な思いをさせていたのだと思う。」
俺の言葉を聞いた義妹は口を紡いだまま下を向く。
「だけど、そんな俺でも君は仲直りをして、こうやってご飯まで作ってくれる。なのに、俺は人と……君と向き合う事から逃げることばかり考えていたよ。……ごめん。」
コミュニケーション不足。俺に足りないものを責めることなく諭してくれた逢合さんの姿を思いうかべる。
「……ねぇ、何があなたを変えたの?」
「えっ?」
「あなたをそこまで変えたのって何なの?」
義妹から疑問が飛んでくる。その言葉に、俺は答えをすぐには言えなかった。
逢合さんは俺にとって担当編集さんだ。
大人としても、女性としても憧れてしまう人だ。
だが、この気持ちはなんなのだろう?
それに気がついた時はもう、泣いていた。
あとがき
前回の話に休止と書いていましたが、とある理由でさいかいします。
詳細は近況ノートに記載しますので、興味のある方はそちらをご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/320shiguma/news/1177354054922601024
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