第67話 義妹が後悔するはずがない……
私は今、冷静だ。
……いえ、冷静を装っている。
冷静を装っていないと語彙が崩壊しちゃうからだ。
それもそのはず、私は今義兄である海西陸ととあるショッピングモールにデー……買い物に行っているからだ。それだけで舞い上がってしまう。
本来ならあいつを好きになるはずがないのに、今の私に執着してしまっている。
それもそのはずだった。
髪を切る前は見てくれも悪く、性格も暗いあいつを私は毛嫌いしてしまったのだけど、タチの悪い男たちに絡まれていた私を助けてくれた人が実は義兄だった。
その事実を知ったのはクラスメイトがうちに遊びに来た時の事だった。クラスメイトのひとり、美内さんがあいつの髪を切った事がきっかけだ。
冴えないあいつが髪を切ると次第にその顔があらわになった。そして美内さんが切り終わるとあいつが私を助けてくれた人だと知った。
その事実に私は驚いた。
あいつと出会ってからの私の態度は決していいものではない。むしろあいつにとっては最悪と言っても過言ではなかっただろう。
それくらい、私はあいつの事を嫌っていたのだ。
だけど、あいつは困っている私を助けてくれた。
想いを寄せていた相手を嫌い、ぞんざいに扱っていた事を後悔しない人間がいないはずがない。
……なんてひどい事をあいつにしてきたんだろう。
その事実を知った日、私は後悔と自己嫌悪で一晩眠れなかった。
翌日、眠気と後悔で気分が晴れないまま学校へ行くと世界は変わっていた。
昨日まで無関心だったクラスの女子たちが髪を切ったあいつの登場に色めきたったのだ。
髪を切り、眼鏡を外したあいつはいわゆるイケメンだったのでクラスメイトたちはこぞってあいつのそばへと駆け寄っていった。
髪を切っただけなのに……。
どことなくモヤモヤした感覚が胸中に交差するけど、私にとやかくいう資格はない。側から不快感を示す私自身も髪を切ったあいつに色めきたつ人間の中の一人なのだ。
昼休憩になり不快感と寝不足で気分が悪い中、クラスメイトの女子達があいつとクラス1のイケメンである玄山君が肩を組んでいる所を見て黄色い声をあげているのを聞くとますます気分が悪くなってくる。
私はその不快な空気から逃げる為、教室から出ようと席から立ち上がる……が、急に目の前が暗くなる。寝不足による立ちくらみだった。
「空!!」
失いつつある意識の中、あいつの声が脳裏に響く。その声に私は安らぎを感じながら……意識をなくした。
※
夢の中、私は懐かしい人の後ろ姿を見ていた。
今はもういない本当の兄、陸の後ろ姿だった。
双子の兄の陸は強くて優しい、弱い私にとって憧れの存在。とうの昔になくなった兄のぬくもりが私の肌に触れる感覚がある……。
気のせいだろうか……。
夢から目を覚ますと、私は保健室のベッドの上だった。
最初は何があったのか分からなくて、辺りを見ていたけど、「……空、起きたか?」の声が聞こえた。
ベッドのそばにあいつがいたのだ。
私はその声に驚いて掛け布団を手繰り寄せると、「なんであんたがいるのよ!!」と言ってしまう。
ここ数ヶ月で身についた悪い癖だ。
あいつを見るとついつい罵ってしまう。
あいつはその声に、「ごめん……。」という。
よく話を聞くと、私は教室で気を失ったらしく倒れたので、あいつが保健室まで運んだらしい。
それを聞くと、私の顔が熱を帯びてくる。
それもそのはずだ。保健室まで彼が運んできたという事はあいつが私の体に触れたという事だ。
しかもお姫様抱っこされた事は想像に容易く、その事により、いっそう恥ずかしさを増大させた。
ただ、いちいち「ごめん……」と謝ってくる所は勘に触り、この時は「馬鹿じゃない?」と言った。
その言葉は自分にも当てはまる。
あいつをそうさせたのは私だ。そう思うと情けなくなってくる。
嫌いだった存在と好きだった存在が合わさり今は何がなんなのかわからないあいつを私はどう捉えればいいのかわからない。
だから、早々に一人になりたくなった私はあいつを保健室から追い出そうとした。
だけど、あいつが保健室から出て行く間際、一つ……確認したい事があった。
「ねぇ、なんでこんな私には優しくできるの?」
と、私が尋ねると、あいつはしばらく考えてこう言った。
「家族だから……かな?」
と言って、あいつは早々に保健室を出ていった。
それを聞いた私はただ愕然とした。
あいつにとって私は家族でしかない。
当然だった。
今までは他人だったとしても、今は同じ両親を持つ義理の兄妹。どんなに私が冷たくあしらっていても、家族として見てくれていたのは嬉しいと感じる。
だけど、それ以上の感情はない、そういう事なのだ。その事実は悔しいけど変えようがない。
あいつが変わった以上私も変わらないと最悪な印象は変わらないだろう。
その日から、私はあいつに対して優しくすることを決めた。
ただ、すぐに優しくできるほど……私のプライドは低くなかった。
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