第66話 義妹と手を繋ぐはずがない
『……買い物、一緒に行かない?』
俺は玄関で靴を履きながら昨日の義妹の言葉を思い出していた。
義妹の放った言葉に俺はただ、びっくりしていたのだ。
俺が泣いた日以来、義妹の態度は軟化したとは思うけど、あれだけ毛嫌いをされていたはずなのに、義妹は俺と一緒に出かけたいと言われるとは思ってもみなかったからだ。
まだ両親が帰ってくるまで時間があるから日用品で足りないものがあるだろうから仕方がないと言う事なのか?
義妹の態度の変化に戸惑いつつ、考えても仕方のない事だと未だに部屋から降りて来ない義妹をただ待っていた。
……遅いな。何してるんだろう。ただ買い物に行くだけなのに、どれだけ待たせるつもりなんだ?
出発予定時刻を15分ほどオーバーしている義妹に気は長い方の俺でも少し苛立ちを覚え始める。
一説によると、女性は外に出るのにも相応の時間がかかると本で読んだことがあるけど、それにしても遅い。
玄関で立ったり座ったりを繰り返しながら、時間を消費していると、上の階からガチャリと言う音が聞こえる。
ようやく義妹が部屋から出てきたようで、とっとっとと、軽い足取りで義妹が階段を降りてくる。
「……ご、ごめん。お待たせ」
「遅いよ。買いも……の」
義妹の遅くなったことへの謝罪を聞いて憎まれ口の一つでもいってやろうかと思い、義妹の方を見て俺は絶句した。
ロングスカートに薄手の白いシャツを着て、胸元に小さなショルダーバックをつけて降りてきたのだ。その姿はデートにでも行くかのような出立ちで、昨日会ったリィサとは違う魅力を醸し出している。
うちの学校でも5指に入ると言われる美少女である義妹の制服姿とも普段の姿とも違う姿に俺はただ呆気に取られていると、彼女はどこか恥ずかしそうに下を見ながら、「……どうかな?」と小さく呟く。
「いや……、可愛いんじゃないか?」
恥ずかしそうにする義妹の言葉に素直な感想が口から溢れる。
「……えっ、そう?」
俺の言葉を聞いた義妹はこれまた顔を真っ赤にし、口数少なくこちらを見てくる。その顔を見た俺もどことなく恥ずかしくなり彼女から視線を逸らす。
そんな彼女の頬を染め、上気した表情で見つめられて目を逸らさない男はいないだろう。
二人の間にしばしの沈黙が流れる……。
「い、行こうか……。時間がもったいない」
沈黙に耐えられなくなった俺は小さな声で出発を促すと、義妹は無言でうなづく。
義妹が靴を履いたのを確認した俺は玄関の扉を開くと、先に義妹を出して後から家を出る。そして玄関のドアを閉めると、俺のことを待っていた義妹と一緒に無言で駅へと向かう。
「可愛いけど……、ただの買い物にそこまで力をいれなくてよかったんじゃないか?」
義妹と歩く道すがら、二人で並んで歩く恥ずかしさと二人の間に流れる沈黙にやるせなさがだんだん込み上げてきたのが分かり、たまらず義妹に考えなしの言葉を吐く。
それもそのはず、俺と義妹は承知の通りカップルではない。義理とは言え家族なのだ。
本来なら他人なのだが、家族になってしまった以上は家族として誠実に付き合っていかないといけないと言う思いがある。
その上、義妹に嫌われていると言う思いが言葉として現れたのだ。
義妹はそんな俺の言葉を聞いて目を丸くする。
いつもであればそんな言葉を吐く俺ではないと言う事を、おそらく彼女も違和感として感じているのだろう。
「ほら……、兄妹で買い物に行くだけなのにデートみたいに着飾ってたらほんとのデートで大変じゃないか?」
口から出た言葉に抑えが効かなくなった俺は、思いついた思いをそのまま言葉にする。
本当は俺自身も義妹の格好の意味を分かっている。
彼女の心境の変化も、好意もどことなく分かっているのだ。だが、分かっていながら俺口から出てくる心ない言葉の数々が義妹に襲いかかる。
だが、その言葉を義妹は黙って聞きながら隣を歩いていた。その様子を見て、俺も話すのをやめる。
……デリカシーのない事を言った気がする。
覆水盆に返らずと言うのだろうか、俺は自らが発した心の弱さに後悔する。
二人は再び沈黙し、目当てのショッピングモールへ行くために地下鉄へと向かう。
地下鉄の座席は人が多くて座れない。
仕方なしに、俺たちは人の出入りのない方のドア付近に立っていた。
義妹は未だに無言。
こんな義兄と出かけて何がたのしいんだろうか?
彼女がいま、何を考えて俺といるのかがわからない。ただ、それでも地下鉄は走り続けている。
途中、乗り換えの多い駅に着くと、人の数が増えて俺たちは奥へと押し込まれる。
あいにく、今日は近くのドームで野球の試合があるのだろう、その球団のファンたちが押し寄せてきたのだ。
俺は義妹を電車の壁の方に追いやり、人が当たらないように彼女のために腕で空間を作る。俺自身で義妹を潰さないように必死で力を入れる。
「……ねぇ。」
俺の胸元から義妹が小さく声をだす。
その声に俺は「ん?」と反応し、俺より小さい背丈の少女を見る。そこには俺の顔をじっと見つめる義妹がいた。
「さっき、なんで私がここまで力を入れておしゃれをしたかって言ってたよね?なんでだと思う?」
俺が野球ファンたちから義妹を庇っている最中、彼女は真剣な瞳でさっきの話の続きをし始める。
……今話す内容なのか?
人波に押し潰されまいと必死で義妹を庇っている人の気も知らずに問い詰めてくるよう義妹の質問に俺は不躾に「わからん。」とだけ答える。
すると、義妹はしばらく下を向いて黙る。
だが、彼女はふと笑ったかと思うと顔を上げて背伸びをして身体寄せてくる。そして……俺の耳元に小声でボソリと呟く。
「私は……デートだと思ってるよ。」
「へっ?」
義妹の驚愕の発言に驚いた俺は間抜けな声をあげる。
「だって、陸を取られたくないもん。誰にも……」
義妹の発する声ととも耳元にかかる息に全身が身震いをする。大勢の乗客の中で言われたことへの羞恥なのか、なんなのか分からないくすぐったい感覚が俺を襲った。
そんな状態の俺から彼女が体を離した瞬間、俺は我に帰り義妹の顔を見るが彼女は下を俯いていて表情は見えない。
ただ、耳が赤かった。
「そ、それってどう言う……」
俺が義舞の言葉の真意を聞こうとした刹那、大勢乗っていた野球ファンたちが一斉に電車から降りて行く。
義妹の突飛な行動と発言に、駅についたことすら気が付かなかったらしい。
乗客たちの動きに体を持っていかれそうになった俺はふらつき、危うくこけそうになる……。
が、すんでのところで義妹が俺が義妹に空間を作っていた手を取ったのでなんとか踏ん張ることができた。
乗客達の大半が降り、地下鉄は再び走り始める。
俺たちはようやく空いた席を見つけ、そこに座ることにした。
「……なぁ、さっきの言葉の意味は?」
一息ついた俺は義妹に真意を尋ねる。
俺の耳が正しければ彼女は俺を取られたくないと言った。嫌われていると思っていた相手からの突然の好意に戸惑わない訳がなかった。
義妹はそんな俺の言葉をしばらく無視していたが、こちらを振り向くと「……デートだと思ってるって言ったの。」と言う。
やはり聞き間違いではなかったようで、俺は驚いてしまう。義妹にしても、幼馴染にしても、アイドル様にしても、ギャルにしても、髪を切ってからと言うもの、何故かモテるようになっているのは気のせいだろうか……。
ここ数日の事を思い出して俺は自分に何が起きているのかわからないでいた。
すると、すっと俺の手に何かが触れる。
少しひんやりとした柔らかい義妹の手だった。
その感触に驚いた俺は再び義妹の方を見る。
そこには俺の左手を優しく握る義妹がただ無言で俯いていた。
「な、何を……」
戸惑いを隠せない俺は首を左右に振り、人の有無を確かめる。幸い、先ほどの駅で大半の人が降りたからか、人の数は減っていて誰も気にしていない様子だった。
そんな様子を義妹が横目でちらりと見ていて、俺と目線がぶつかると、義妹はにやりと笑い始めたと思うと、「冗談よ、冗談。陸の慌てる姿が見たかっただけ」と言う。
だが俺を握るその手は……決して離されることはなかった。
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