第65話 義妹が怒るはずがない……
『それに……、もしかしたらほんとに好きになるかも知れないじゃない?』
ネットの中の嫁との初めての顔合わせからの帰り道、俺は現れた同じクラスのギャル出雲理沙の言葉を思い出す。
彼女とリィサが同一人物なのだと言うことには驚いたし、最後に彼女がいった言葉にも衝撃を受けた。嫌われていたと思っていた相手から嘘でもそんな言葉をかけられるとは思っていなかった。
だが、それと同時に脳裏に浮かんだあの人の姿を思い出していた事にも俺は驚いていた。
もうすでに顔を忘れてしまった関西弁の女の子の姿、俺に苦手教科を教えてくれた女の子、何も言わずに早々と塾を辞めてしまった女の子が今になって頭をよぎるのは何故だろう。
そんなことを思いながら、家へとたどり着いた俺は玄関の鍵を開けて静かに家の中へと入っていく。
義妹はどこかへ出かけたのだろうか、家中が沈黙に包まれていた。
俺は洗面所で手を洗い、リビングへと入りキッチンの冷蔵庫へと向かう。
すると、ソファーからむくりと人影が現れる。
「うわっ!!」
突然現れた人影に驚き、俺は声をあげる。
もちろん、今はこの家にいるのは義妹だと言うことはわかってはいるのだが、ソファーの後ろを通りがかる瞬間に頭を上げるのはやめてほしい。
「……うわって、人のことをなんだと思ってるのよ。失礼ね。」
義妹は驚く俺の姿を見て不満げな表情を浮かべているので、あえて「……鬼?」と答えると、彼女は手に持っていたクッションを俺の顔を目掛けて投げつけてくる。
……だって、そう思っても仕方ないじゃないか?彼女の今までの言動や行動を思い返すとその言葉しか出てこなかったんだし。
心の中で言い訳をしつつ、顔をさすりながら義妹の投げたクッションを拾い上げて義妹の横に戻す。だが、義妹とこういった冗談を言えるようになったことについては少し嬉しく思ってしまう。
「……ふん。」
彼女は不満そうに鼻を鳴らし、ソファーの向こうにあるローテーブルの方に顔を背ける。そしてローテーブルにあるテレビのリモコンに手を伸ばす姿を見て、俺はほっとして冷蔵庫のほうに歩いていく。
だが、彼女はリモコンをとったはずなのにテレビをつける様子がない。
その様子を冷蔵庫からお茶を取り出しながら遠巻きに見ていると、彼女はアルマジロのように身体を丸めてソファーの上で体操座りをする。
「……ねぇ。」
「……どうした?」
お茶をコップに注いでいる俺の方を向くことなく、義妹は声をかけてくる。
「……遅かったみたいだけど、今日どこに行っていたの?」
「えっ、なんて?」
小さな声でボソボソと話し始める義妹の声がはっきりと聞こえず、俺は義妹の方へ
と足を運んでいく。
すると彼女はますます身体を縮こませ、手に持ったリモコンを強く握りしめる。
その様子を見ながら俺は義妹の座るソファーの横にある一人がけのソファーに座り彼女の様子を見るとその視線を嫌った彼女は俺の視線とは反対の方向に視線を逸らせる。
「……なんだよ?」
義妹の意味不明な態度に訳がわからなくなった俺が再び声をかけると、クッションが俺の顔を襲う。
「……何よ、ばか!!今日はどこに行っていたのって聞いているの!!」
再び襲ってきたクッションが見事に俺の目にヒットする。しかも今回は至近距離だったので痛みが先ほどより強い。
「くおぉ!!」
「あ、ごめん!!痛かった?」
目にクッションが当たったことで痛みに悶絶している俺を見た義妹は、慌てて俺のそばへくると、クッションを俺の体から退ける。
「ちょっと、大丈夫?見せて……。」
「見せてって、やったのはお前だろ?いてぇな……」
痛がる俺を心配してくれるのは嬉しいが、元々は彼女の攻撃だ、文句の一つでも言ってや李拓なる。……だが、これが人生初の兄弟喧嘩というものなのかとも思うとなんだか嬉しくなる。
今迄は理不尽な罵声と無視に晒されるだけの関係だったのが少しづつ改善されつつあることに喜びを覚える。
俺は抑えていた手を退けながら、涙目になった顔を彼女に見せると、「あっ……」と言う声が義妹からもれる。
その声が気になった俺は、痛みの残る目をゆっくりと開く。
すると、ぼやける視界の向こうに義妹の顔が見える。
「あっ……。」
目をはっきりと開けると視界がはっきりとして、彼女の距離の近さがわかる。その距離は顔を動かせば唇が当たってしまう……そんな距離だ。
俺と義妹のしっせんがあった瞬間、俺たちは反発しあったかのように身体を離してそれぞれ元いた場所へと戻る。
だが、その空気はどこかホワホワしていて、気まずい。
それこそ高鳴る鼓動が互いに聞こえそうなくらいに静かな室内に、少し乱れた呼吸音だけが聞こえるのだ。童貞の男にとって、これほど気まずいことはない。
俺と空は家族とはいえ、元々は血のつながりのない他人だ。
もちろん間違いを起こす気はさらさらないが、この空気は気まずいに決まっている。
「……で?なんだって?」
高鳴る鼓動を抑えつつ、俺は彼女の顔を見ることなく先ほど彼女が言っていた言葉を聞き返すと、彼女はしばらく間を開けて、再び小さな声で離し始める。
「……今日、どこに行ってたの?」
「え?どこって……。」
義妹から発せられた言葉に、俺は少し戸惑ってしまう。
まるで夫婦やカップルがするような会話を義理とはいえ兄妹でするとは思っても見なかったのだ。答える義理はないとはいえ、俺は聞かれたことに対して答える。
「……古くからのネットゲームの友人と初めて会ってきたんだよ。」
俺がそう答えると彼女は小さな声で、「そう……。」と呟き、再び沈黙が訪れる。
この沈黙の意味が分からずないが、俺もなんとなく気まずくなる。
すると、その沈黙を破るかのように、義妹は再び声をあげる。
「……それって、男?それとも女?」
「ああ……、女の子だった。同じクラスの……。」
と、俺は言いかけて話すのをやめた。言ったところでいいことはなさそうな気がするのだ。
だが、口からこぼれた言葉はもう戻ることはなく彼女の耳に届いてしまう。
彼女はこちらを振り向いてじっとこちらを見てくるので顔をそらす。
「……同じクラスの誰?」
顔を逸らした俺に先ほど以上に鋭くさせた視線を向けてくるので、居た堪れなくなった俺はギャルの名前を口にしてしまう。いや、これは兄弟での会話だ、決して浮気や不倫というやましいものではないのに空気が重いのは何故なんだ?
ギャルの名前を聞いた彼女は最初驚いた顔をしていたが、しばらく何かを考えたと思うと、「ねぇ……」と声をかけてくる。
その声に俺は振り返ることなく「はい……。」というと、義妹は静かに言葉を続ける。
「明日、一緒に出かけない?」
「へっ??」
義妹の言葉に、俺はただ間抜けな声をあげてしまった……。
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