第68話 アイドル様が引きずるはずがない……
私、冷泉綾乃はフラれた。
数多いる男性のうちの1人でしかない川辺……いえ、海西陸君にだ。
彼が中学生だった時の事を思い出すと髪を切ってしまった事で存在が変わってしまった。
ぼっちだった彼が髪を切った事で一変してクラスメイトの人気者になってしまったのだ。
彼に色目を使う女子が多い中、私は少し焦ってしまう。もちろん、彼の性格が変わっていないことは分かっている。
彼を見ていれば環境の変化に戸惑っているのは丸わかりなのだ。
分かっているのだけど、親の反対を押し切ってまでこの学校に入学した私はどこか焦ってしまった。
彼の靴箱に溢れたラブレターに焦ったのか、彼が知らない女性と歩いていた事に焦ったのかは分からないけど、とち狂い、私が塾で一緒だった事を告げないまま告白をして玉砕してしまった。
おまけに彼には好きな人がいるという事も判明してしまいその日はショックで立ち直れなかった。
気分を切り替えたかった私は長かった髪をバッサリと切った。我ながら古典的な理由で髪を切ってしまったとは思ったけど、予想のほかすっきりした。
だから翌日、私は告白を引きずる事なく学校に行く事ができた。
学校では私が髪を切った事にクラスメイト達は驚き、私の髪を見た彼も私を見て目を丸くしていた。
それをみて、私は彼の元に行くと彼に耳打ちする。
「……私は気にしていませんから、これまで通りにしてくださいね。」
……ズキッ。
気にしていないと口に出した瞬間、私の胸が悲鳴をあげる。
それはそうだ。中学生の頃に好きになってこの学校まで追いかけて来たのだ。気にしていない訳ではないし、平気な訳がない。
だけど、それを気づかれまいと必死に笑顔を作る。これが初恋であり、初めての失恋なのだ。
悔しくない訳がない。
ただ、この傷が癒えるまで必死に耐える他なかった。
だけど現実は残酷だった。
同じクラスに好きだった人がいる。
それは辛い現実であり、その上最近はクラスメイトの空ちゃんが一緒に登校することが増えていたのだ。
二人は義理の兄妹だったらしく、本当に驚いた。最初は他人のフリをして彼を邪険な扱いをしていた空ちゃんが徐々に軟化している気がしていた。
体調を崩した時に必死な形相を浮かべて保健室に彼女を連れて行った時のことを考えると二人は付き合っている、もしくは彼が片想いをしている相手だと思ってしまった。
同じ家に住んでいる分、距離感は近いはずの二人の間に入ることなどきっと……ない。
そう思うとますます気分が落ち込んだ。
そんな鬱屈とした日々が続いたある休日、私は友達の出雲さんに誘われて、ショッピングモールに出かけた。
中学校の頃は友達とお買い物に行く事があまりなかったから新鮮で、気分転換になる。
……いや、友達が少なかったわけじゃないからね?そこ、間違えないように!!
でも、可愛い服や雑貨を友達とわいわい言いながら見るのは楽しくて、私たちは時間を忘れて買い物をたのしんだ。
「あ、もうこんな時間だ!!そろそろお昼にしない?」
出雲さんがスマホを見てそう話を切り出した。
たしかにお腹も空いて来たし、スマホをみると午後一時前、昼食時だった。
「そうね、賛成!!」
私はスマホをショルダーバッグにしまうと軽く手を叩いて出雲さんに賛同し、フードコートに向かって歩く。
フードコートに着くと、そこにはうどんに、ラーメン、ハンバーガーにパスタ、あとはクレープ屋さんにアイスクリーム屋さんなどいろんなお店があって見ていて新鮮だ。
家族でこんなお店に来る事がない私はフードコートが初めての経験なのでワクワクしていた。
「何がいいかな?」
いろんな食べ物に目移りしながら、結局は出雲さんと同じお店のパスタを注文するためにパスタのお店に並ぶ。
出雲さんとたわいもない話をしながら、注文の順番を待つ。
出雲さんは学校ではギャルの様な感じで最初はどこかとっつきにくい雰囲気だった。けど、友達になってよく話す様になってからはとっつきにくさはなくなった。
だけど、一昨日と今日で何処か雰囲気が違った。制服じゃないからって言う理由もあるのかもしれないけど、それでも彼女の学校でのイメージより落ち着いたメイクと服装がやたらと気になった。
……席についたら聞いてみよ。
注文の順番が回ってきたから、気になったことはとりあえず置いておいて、まずはパスタを頼む。
出雲さんは席を確保しに行ったから、彼女が注文した料理の番号が書いてあるレシートと一緒にゆで卵付きのカルボナーラを注文した私は受け渡し口で料理が出来上がるのを待つ事になった。
最初は物珍しさに胸をときめかせていたけど、慣れてくると当たり前の光景になって来る。
するとある光景が浮き出た様に目につき始めた。
休日という事で私たちの様な友達連れのグループ、疲れ果てたおじさんが両手に2つのお盆を持って家族の元に戻っていく家族などいろんなお客さんが集まるフードコートにカップルが何組もいる事に気づいたのだ。
彼女の機嫌を取るために必死なのか、口数多く話す男性や無愛想な彼氏に嬉しそうにくっつく彼女。そんな十人十色のカップルの集まりを見て私はため息をつく。
休日の人が集まるショッピングモールなのだ。
そんなカップルがいて当然なんだから凹んでも仕方がない。
そんな光景を目の当たりにして、私はもし今と違う世界線が有れば……なんて事を考えてしまう。
……川辺くんと休日にデートをしたらどんな感じなんだろう。
目の前を通り過ぎていくカップルに自分と川辺君の姿を重ねてみる。そんな事をしたって仕方のない事なのに……。
口から漏れ出すため息が私の未練を鮮明に映し出す。
「何大きなため息ついてるのさ?」
「えっ?うわぁ!!」
急に目の前に出雲さんに声をかけられて私は声をあげて驚いた。
「ちょ、ちょっと!!そんなに驚かなくても!?」
私の大声に出雲さんは少し恥ずかしそいな表情で嗜める。
周囲を通っていたお客さん達が私の声に足を止めて私たちを見る。その視線に私も恥ずかしくなって小さな声で出雲さんに「ごめん……」と謝った。
……穴があったら入りたい。
そんな気分で身を縮こませていると、出雲さんは頬を掻きながら「……何があったのよ?」と呟く。
「……ちょっとね」
フラれた事を言えずに歯切れの悪い反応を見せると出雲さんは怪訝な顔をする。すると、丁度料理ができたアナウンスが流れてきた。
『お待たせいたしました。番号13番、14番でお待ちのお客様〜!!』
「あっ、呼ばれたんじゃない?席に着いたら話してよね」
「……うん」
そう言って、私たちは、料理を受け取りに行く。
この時間がこれから始まる事件の序章に過ぎない事に今の私たちは知らなかった。
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