第69話 アイドル様が涙を流すはずがない……
「んで、何があったのさ?」
「ううん、何でもないよ……」
「嘘だ。じゃあなんでぼーっとしてたのさ?」
「うっ……」
パスタを席まで持って行き、食事を始めた私に出雲さんはぼーっと立っていた理由を尋ねてくる。
さすがにフラれた事をいつまでも引きずっている事を言うわけにもいかず、どう答えていいか分からずに誤魔化していると、出雲さんはグイッと顔を近づけてくる。
彼女のその圧力に私は堪らずに目を逸らすと、出雲さんははーっとため息をこぼす。
「何があったか察しはつくからいいわ。あんたが髪を切ったあたりから様子が変だったもん。もしかしたら例の彼となんかあったんじゃない?」
出雲さんの的を得た……いえ、まさに適切な答えに私はドキッとする。
もちろん、彼女が川辺君の事に気づいてはいないだろう。だけど、突きつけられたとき真実に私はついつい口を噤む。
「言わざるは解なり……か」
再びため息をついた出雲さんは気まずそうに髪を掻く。
「……んで、何があったのよ?」
「…………」
私たちの間にしばしの沈黙が訪れる。その沈黙と比例してフードコートは賑やかさを増す。
言った方が気が楽なのだろうか?そんな考えがぐるぐると頭を巡る。フラれた事を誰かに話す恥ずかしさと誰かに愚痴を聞いてほしいと言う気持ちが自分の中で揺れる。
それを理解してか、出雲さんは黙ったまま私が話し始める事を待っている。その姿に私はついつい口から思いが溢れてくる。
「あのね、実は……」
「えっ?」
私が話した事で出雲さんはテーブルに肘を置き、興味深そうに身を乗り出す。
「この前話をした彼に……告白したの」
「はぁ!?」
私の突然の告白に出雲さんは語気を強めて驚く。それはそうだ、この前話した事からの中身をすっ飛ばしての発言だから驚かれても仕方がない。
「何なに?その様子ならうまくいかなかった様に見えるけど?」
「……そんなにわかりやすかったですか?」
何があったかを見透かした様に的を得た言葉を連発する彼女に私は苦笑いを浮かべる。
「わかりやすいも何も、学校でもたまにぼーっしたり、笑ってるのが辛そうにしてる時があったし……」
「そう……ですか?」
自分でも気づかなかった学校での自分、他者からの視線……そして失恋のショックを今になって理解する。
それに気づいた時に、私は泣きそうになっていた。それを見た出雲さんは真剣な表情で私を見つめると、こう切り出した。
「……なんでそんなに泣きそうになるまで溜めてたのよ?」
「……えっ?」
「なんで今日まで話してくれなかったの?」
「それは……」
出雲さんの問いかけに言葉が詰まる。
なぜと聞かれると……今まで冷泉家の人間として完璧な人間を目指してきた私に、胸の内を晒す事ができる友人がいなかったからだ。
弱さを見せると自分の世界が変わってしまう……そんな思いがあったのだ。
もちろん、そんな世界に嫌気が差したから私は親の敷いたレールを走らなかったし、この学校に来たはずだった……。
彼を追いかけると言う理由も込みで……だ。
だけど、その結果がフラれると言う答えに繋がった。それは誰のせいでも……彼のせいでもない。
……選んだのは自分だ。
後悔もなければ、愚痴ることもない……はずなのに、今私は泣きそうになっている。
それは自分が昔の私から何も変わっていないと言う事実と向き合えていないからだ。
弱さを見せず、周囲に取り繕うことで完璧な自分を演じる事が抜けていない……。
私が焦がれた彼の様に何かに他人に媚びず、ありのままに生きていたいと願った自分とは程遠くなってしまった様に感じてしまう。
「……ごめん」
「いや……謝ってほしい訳じゃないんだけどね」
親に逆らった時とも、彼に取り繕った時の自分とも違う素直な気持ちが溢れ、それを彼女に伝えると、出雲さんは少し恥ずかしそうに頬を掻く。
彼女の言葉が私の仮面を剥がす。
そこからは今まであった事を順を追って話した。もちろん、海西君のことはオブラートに包んで……だ。
「かぁー、なんでかなぁ〜」
「えっ?」
私が一通り話終わると、出雲さんは突然声を上げる。その声に私は驚いて目を丸くする。
「そいつも勿体ない事をするよね。綾乃んって、こんなに美人で優秀で、お嬢様なんだよ!!普通なら高望みしても叶わないほどの人なんだよ?」
「えっ、そんな事はないよ……」
「そんな事あるの!!」
出雲さんは私を持ち上げできたので、私は
別に私が何かを成し遂げた訳ではない。
ただ裕福な家庭に生まれ、親のレールと遺伝子が今の私を作っただけなのだ。
「綾乃んは家が自分を作ったって思ってるんでしょ?そんな事ないよ!!綾乃んは自分が努力の人だって気づいてないよ!!」
……努力の人。
親に怒鳴られ、作られた完璧な自分を演じてきた事が初めて認められた気がする。
弱さや本当の自分を認めてくれる存在がいる事に私は……ただ嬉しかった。
「ただ……」
「ただ?」
私が先程とは違う涙を流そうとするのを遮る様に、出雲さんは私を睨む。その視線にたじろいでいると、彼女は私の最も後悔する部分をついてくる。
「……綾乃んは焦りすぎ。恋は駆け引きなんだから焦っちゃダメ!!」
「うっ……」
……耳が痛い。私が本当に後悔していたのはそれなのだ。彼と知り合ってそんなに時間は経っていない。それなのに、私は彼の本来の姿を知った多数のライバル達に焦って自爆したのだ。
好きな人がいると言ってはいたけど、彼女が居るとは言っていない……。それこそ長い時間をかけて関係を作っていくべきだったんだ。
そう思うと、ほんの少し……勇気が出た。
まだ彼を好きなのか、未練がそう言う気持ちにさせているのかは分からない。
けど、今はそれに気づけたことが嬉しかった。
「……ありがとう、出雲さん」
「いいって!!それより、そろそろ行こっか?今日はストレス発散するぞー!!」
私たちは食べ終わったパスタの器をお店の食器返却口に返すと揃ってフードコートを後にする。
「あっ!!綾乃、理沙!!」
しばらくショップを巡って歩いていると、後ろから私たちの名前を呼ぶ声がする。
私たちが振り返ると、そこにはお母さんらしい人と服を選んでいる女の子に遭遇した。
美内さんだった。
「奇遇だねー!!二人もここに来てたんだ」
「本当〜!!明日にゃんもここに来てたんだね」
出雲さんと美内さんが近づいていき、嬉しそうに手を取り合う。
「そうなのー。お母さんと買い物してたんだー。昨日はごめんねー。せっかく誘ってくれたのに……」
「仕方ないよ。用事があったんだから」
二人が昨日のやりとりを話し合っていると、美内さんのお母さんが近づいてきて、「明日香、お友達?」と話しかけてきた。
私と出雲さんは美内さんのお母さんに挨拶をすると、美内さんのお母さんはせっかくだからと言って先に帰っていった。
美内さんが合流した私たちは3人でショッピングを楽しんだ。すると、美内さんがとある事を尋ねてくる。
「そういえば、空ちゃんは?」
「空ちも用事があるって言ってたから来れないって言ってたよ」
「そっか……残念だねー」
そう言って、美内さんがお目当てにしていたショップから先んじて出ようと出入り口に向かい、私たちも後に続く。
すると、「あっ……」と言う声と共に、美月さんが手に持っていた荷物を落とす。
「明日にゃん、どうしたの?」
美内さんの様子に気がついた出雲さんが彼女の様子に気がつき近寄ると、彼女もまた足を止める。
その異様な光景が気になった私も彼女達の視線を追って、店の出入り口に目をやる。
そこには……、嬉しそうに手を組む海西さんとどことなく戸惑った様子の川辺君が腕を組んで店に入ろうとしているところだった。
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