第58話 憧れの人が悲しげなはずがない
「私達、終わりにしましょう……」
オンラインゲーム『GFO』内での嫁、リィサに別れを告げられた。
それは突然だった。
理由を尋ねても、「今のあなたが嫌になった」と言うだけで、原因が何なのかは教えてくれなかった。
それ以降、彼女と連絡は取れず今日まで過ごして来た。
今の俺のどこに悪いところがあったのか知りたかったが、言うだけ言って去って行く彼女の真意を知る由もなく、ただ悶々とする。
あくる木、金曜日と学校へ行っても勉強は手につかず、小説を書いていてもネガティブな事しか書けてない。
その間も幼馴染とギャルは冷めた視線を俺にぶつけてくるし、アイドル様とは今までのように接点はなく挨拶をする程度だった。
家では夕食を作ってくれるようになった義妹は元気のない俺に気遣いの声をかけてくれるが、まさかゲーム内のことを言うわけにもいかず、作り笑顔でごまかす。
先日、しっかりしなきゃと思ったのは束の間、こんな体たらくじゃ、また義妹に嫌われるだろうな。
苦笑を浮かべながらも、俺はもやっとした気持ちで過ごし、気づけば土曜日になっていた。
いつもの時間に重い身体をなんとか動かして行きつけの喫茶店に行く。逢合さんと打ち合わせをするためだ。
いつもなら大人でカッコいい逢合さんに会える事は萌生には失礼だがやる気にもなるし楽しみだが、今日に至ってはそれすら億劫だった。
それでも仕事は仕事。
割り切ってしまわなければ本当に何も手につかなくなりそうだった。
喫茶店に着き、いつもの席へと案内されると俺はモーニングを注文する。
幼馴染は今日も出勤していたが注文は取りに来ず、
学校と変わらない冷めた目線でこちらを見てくる。
……なんなんだ?
彼女の視線を不快に思いながらも俺はノートパソコンを開き、原稿のチェックする。
「お待たせいたしました!!!モーニングセットでございます!!!」
幼馴染が注文していた商品を持ってきた。
その声はどこかキツく、怒気を含んでいたため、パソコンと睨めっこをしていた俺は驚いた。
「あ、ありがとう……。」
幼馴染の態度に驚きを隠せない俺はと惑いながらパソコンを打つのをやめて彼女の顔を見る。
表情はにこやかな笑顔だが、目は笑っていない。
「どうぞごゆっくり!!!」
そう言って足早に席を後にする彼女の後ろ姿を眺めながら、……何かしたか?と身に覚えのない罪を思い返す。
だが、思い返しても何もない。
なら彼女の態度は何なんだろう……。
幼馴染といい、リィサといい何故俺のことを目の敵にするのか見当がつかなかった。
「やめた……。」
結局考えても答えは出ないので俺は考えるのをやめた。
そして、執筆の続きを再度始めて1時間が経つ頃に、逢合さんがやって来た。
前回会った時のように、スーツをきちんと着こなしだその姿はやはり綺麗だった。
「おはようございます、松平先生。」
「お、おはようございます……。」
先程の幼馴染とは違い、表裏ない和かな笑顔で挨拶をする逢合さんに俺は緊張する。
「あら?先生、髪切りました?」
「は、はい……、切りました。いや、厳密に言うと切られました。」
「へぇ……。いいじゃないですか。似合っていますよ、先生!!」
「あ、ありがとうございます。」
髪を切ったことを褒められた俺は照れ隠しに頭を掻いていると、逢合さんの後ろから殺気の様なものを感じる。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
般若の様な表情の幼馴染が恐ろしい笑顔を浮かべて逢合さんに注文を取る。
「えっ、あ、じゃあホットコーヒーをお願いします。」
「お、おい!!」
まだ注文が決まっていないであろう逢合さんに対する幼馴染の不遜な態度に俺は腹が立ち声を出すと、幼馴染が俺を睨む……がすぐに逢合さんの方を向き直して、「かしこまりました。ごゆっくり!!」と言い残し俺達の座る席から離れる。
その様子に逢合さんはキョトンとした表情だったが、俺が「あいつめ……。」と呟くと、何か合点がいったのか机に肘を置き、手に顎をのせてこちらを楽しそうに見る。
「……なんですか?」
その表情をみて、俺は幼馴染の態度に対する怒りと笑われている恥ずかしさで不遜な態度をとってしまった。
「彼女と知り合いなの?」
「はい、幼馴染ですけど……。」
不貞腐れた顔で素っ気なく返事をすると、「ふーん」と言って逢合さんが幼馴染の方を見る。
幼馴染の表情は未だに晴れる事なく、不満そうに仕事をしている。そして、時々こっちを見ては目が合うとすぐに顔を背ける。
その訳の分からない態度にますます腹が立つのだが、それすらも逢合さんは楽しそうだ。
「あの子、君のことが好きなのね……。」
「はぁ、ないですよ、ない!!」
彼女の突拍子のない一言に驚いた俺は逢合さんの方を見ると、すぐさま否定する。
俺の様子をみて逢合さんはキョトンとした顔で「どうして?」と尋ねてくる。
……そんなの、わかりきっている。
幼馴染が好きなのは俺ではない。
作家であり、幼馴染で運命の相手だと思っていた『松平陸』なのだ。だが、そんな物は幻想でしかない。
ここ数日の度重なる態度の変化はきっと運命だと思っていた相手の素性が割れ、現実を直視した結果だろう。
「……あいつは俺を嫌っています。だから、あいつが俺を好きなんて絶対にないですよ。」
「どうしてそう思うのか、お姉さんに教えてみ?」
俺の言葉を聞いてなお、興味深そうに目を輝かせる彼女に最近の幼馴染との間に起きたことを話す。
再会の日の事、学校での事、サイン会での事、髪を切った後の事とここ数日の間に起きた事を幼馴染に聞こえないように話す。
それを逢合さんは黙ったまま聞いていた。
「だから、幼馴染は俺を嫌っています。」
最後に俺は断言した。
俺は幼馴染が抱く幻想を叶える事もできないし、叶える努力もしないだろう。そんな俺を好きな人間なんて決していないと、俺は思っているのだ。
「そうかな?彼女は君の事、嫌ってはいないと思うけど……。」
「いえ、そんな事はないですよ。あいつは……いや、誰も俺を好きになるなんて事はありませんよ。」
彼女の言葉に俺は俯いて否定的な言葉を発する。
幼馴染の豹変やネットでの事、アイドル様や義妹の事も今までの俺の人生を思い返してネガティブになってしまう。
「あなたねぇ〜。あんまり自分を卑下するもんじゃないよ?そんな事じゃ、自分の事しか見えないままで人の好意に気づけなくなるよ?」
先ほどまで楽しげに笑っていた彼女の表情が曇りはじめる。
「私みたいに……。」
最後にそう言った彼女の言葉の意味が、俺にはわからなかった。
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