第57話 俺たちが終わるはずがない……

クラス中に不穏な空気が蔓延する。

それは一目瞭然だった。


第一に遅刻してきた幼馴染の表情がものすごくしんどそうな事だった。


彼女は性格的に真面目で遅刻など入学以来見た事がなかった。そんな彼女が遅刻をして来た事がクラス中に驚きを与えた。


そして第二にアイドル様が何故か長かった髪をばっさりと切った事だった。


クラスメイトの中には失恋でもしたのでは?と言う噂まで流れる始末で、当事者である俺も無関係ではない気がして、罪悪感に襲われる。


そして、何より大きな話題を呼んだのが義妹が男と一緒に登校してきたとの事だった。


それはまさに俺のことであり、その事はすぐさまクラス中に広がっていった。


俺と義妹が義兄妹だと言う事は義妹の友人達と玄白達くらいしか知らない。

だから、クラスメイト達は俺たちの事を恋人だと噂をしていた。


男子連中は3大美少女の相次いでの変化に驚愕し、ある者は喜び、ある者は悲しんだ。


女子連中も俺に彼女がいる事に嘆いている様で、何故そこまで嘆くのか理解に苦しんだ。


客観的にみれば確かに付き合っているように見えるのかもしれない。だが、それは当人同士が好きあっているから成り立つもので、義理の兄妹にその感情はない。


なのにこんな事で俺と付き合っている事になっている義妹に同情を感じてしまう。


不穏な空気の中、俺たち噂の対象になった俺たちは帰る頃にはどっと疲れ果ててしまっていた。


放課後、帰り支度を済ませだ俺は山火事から逃げるネズミのように足早に教室から出ようとする。


……と、教室の外でばったりとアイドル様に出会してしまった。互いに『あっ……』と声を揃えて顔を合わせる。


「海西くん、また明日ね。」


「お、おう……。」

穏やかな笑顔を浮かべ、挨拶をしてくれる彼女をみて俺は振ってしまった罪悪感からか顔を彼女から背けてしまう。


すると、彼女は俺に一歩近くと耳元で囁くように呟いた。


「……私は気にしていませんから、これまで通りにしてくださいね。」

彼女の吐息が耳に掛かる。

その瞬間に俺はびっくりして彼女から距離を取る。


髪を切り、眼鏡を掛けた彼女は相変わらずニコニコ笑っている。

それはまるで取り繕われた人形のようで、一部の隙も見えない。


だが、その顔に再び既視感を覚える。


「それでは……。」と言って俺から離れていく彼女に俺は既視感の原因を探る。


だが、思い出せない……。


俺は転校や1人でいる事が多かったので、人の顔を覚えるのが苦手だった。


それは諦めにも似た感情だった。


……仲良くなっても離れてしまうなら友達はいらない。

小学生以来、感じて来た思いは未だに健在で、本当に近い人物以外は忘れてしまうのだ。


だからこそアイドル様とどこかで会ったとしても覚えている事はないのかと思ってしまうが、あんな美少女なら忘れないだろう。


俺は再び考えに蓋を閉じて、家に向かって帰っていく。


家には今日から義妹と2人きり……。

仲直りをしたからと言ってすぐに和解ができるわけがない。


蟠りのなか俺たちは食卓を共にし、片付けを共にする。


「学校では大丈夫だったか?」


「……何が?」

学校で流れた噂を気にした俺は義妹に学校での事を尋ねる。


「いや、学校に一緒に行った事で嫌な思いをしなかったかなって思って……。ほら、相手が俺だから。」

いつまでもネガティブな言葉が絶えない俺に義妹は顔を合わせる。


「……あんたは気にしなくていい。私の兄なんでしょ?だったらもっと自信を持ってよ。」

相変わらずあんた呼ばわりだが、その言葉は怒鳴るわけではなく、諭すように優しく告げてくる。


「あ、ああ……。」


「……わかったらちゃっちゃと終わらせましょ。」

と言って義妹は洗い終わった皿を俺に渡してくる。


そしてギクシャクとした空気の中、義妹は皿洗いを終わらせてさっさと2階へと早々に上がっていった。


……俺ももう少ししっかりとしなきゃいけないな。

義妹の居なくなったキッチンで一人、今の自分を見つめ直す。情けなく自信のない自分を変えないと義妹が俺を兄とは認めてはくれないだろう。


今までは母と二人の世界で生きていけばよかった。


だが、今は違う。

同じクラスに家族がいるのだ。


少なくとも、彼女が俺を兄と紹介できる位にならないと……。


気持ちを引き締め、俺は自室へと向かう。


時刻は水曜日の20時。

毎週恒例のGFOの時間だった。


パソコンを起動させ、いつものようにログインする。

最近は色々あってストレスフルだったので、今日くらいはリィサに癒してもらおう。


そんな事を考えているとロードが終了し、いつもの自室の画面に切り替わる。


ゲーム内ではリィサのアバターが既に起きていて、俺のベッドの横に立っていた。


「こんばんは、リィサ。1週間ぶり!!会いたかったよ。」

いつものように彼女に挨拶を交わす。


だが、彼女はチャットを返す事なく、アバターがそこに立っているだけだった。


「リィサ?」

寝落ちしたのかと思い、再びチャットを送る。


すると数分してリィサから「こんばんは……。」と言う返事が返ってくる。


だが、そのメッセージに違和感を覚えてしまう。


いつもなら画面から飛び出して来そうな感じではしゃぐ彼女が今日は冷静なのだ。その違和感に冷や汗がでる。


……俺、何かしたかな?

不安に駆られた俺はリィサに何かあったかを尋ねるが、返事はなかなかこない。


しつこい奴だと思われたくないので息を飲みながら返信を待っていると彼女からメッセージが送られてくる。


「私達、終わりにしましょう……。」


「えっ?」

その言葉に、俺の目の前は真っ暗になってしまった。




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