第34話 俺がカッコよくなるはずがない
「いいね?いくよ!!」
「うん……」
俺はついに幼馴染に処刑される時間がやってきた。
幼馴染の「かっこよくしてあげるから!!」「私達がかっこいいって言ってるんだから自信を持って!!」という口車に乗せられてしまった俺は10分間の抵抗虚しく、ついに折れてしまった。
押しに弱い自分が悲しい……。
ちょき!!
最初のハサミが前髪を切る。
これで俺はもう、後戻りができなくなった。
あとは彼女に身を……いや、髪を任せるだけ。
みるみるうちに髪をカットされて行く俺の周りに髪が散らばる。
これだけの量があったのかと感心するほどだった。
俺が髪を切られている間、義妹は黙って俺の様子をみているが、明らかに困惑の表情を浮かべている。
アイドル様に関してはなぜか複雑そうだったし、ギャルに至ってはパソコンの画面をみて口をパクパクさせていた。
数10分後、髪を切り終わったのか幼馴染は満足そうな表情をして、櫛で俺の髪を整える。
「ふう、すっきりした!!一回海西の髪をカットしてみたかったのよね!!どうよ?」
と自慢げに言って、手鏡を手渡してくる。
それを受け取ると、変な髪型になっていないか心配になりながらも恐る恐る今の自分を見る。
そこにはすっきりとした前髪ときちんと整えられ、髪の癖にあわせて切りそろえられた清潔感のある髪型の男がそこにはいた。
その男は以前のように前髪が隠れておらず、毛量でもっさりとした感じはない。また、髭が薄く、10代特有のニキビといったものも少ないため肌が綺麗な男だった。
ただ、難点としてコンプレックスである目がほそいことくらいだった。
「これが……俺?」
「うん!!すっきりしたほうがいいじゃん!!海西、お風呂で髪流しておいでよ。その間に私達はここの片付けしておくから!!」
普段からあまり鏡を見ない俺が驚きの声を上げると、幼馴染は満足げに俺の背中を押す。
すると、扉の近くで俺の様子を見ていた義妹と目が合うが、すぐに下を向く。そして手をもじもじさせている。
アイドル様に至っては何故か悲しげな表情で俺を見つめていた。
「?」
俺はその様子2人の様子をみて疑問を持ちながらも幼馴染に言われた通りシャワーを浴びる。
髪を洗う手の感覚が今までに比べて軽い。
……変にならなくて良かったと、今までの髪型を棚に上げて安心する。
そして、シャワーが終わり髪を拭き、おーるばっくにしているとある事に気がつく。下着以外の着替えを持ってきていなかったのだ。
幸いズボンはまだ履けるが、シャツに関しては所々毛がついていたので洗い流してしまったのだ。
洗濯物もあまり乾いていないので諦めて上半身裸のまま自室へもどると、未だにドアのそばにいた義妹に声をかける。
「……空、空!!」
俺の声に驚いたのか義妹は肩を揺らす。
そして、こちらを見るとまた驚きの表情を浮かべる。こちらが再び義妹を呼ぶと慌てたそぶりで、「な、何よ!?」と言ってきた。
「すまん、シャツを取ってくれないか……?」
「じ、自分で取ればいいじゃない!!」
「いや、上半身マッパなんだよ。頼む。」
というと、彼女は顔を真っ赤にする。
「な、なんでそんな格好をしてるのよ!!ばか、変態!!」と、相変わらずな罵声が飛んでくる。
「仕方ないだろ?急な事だったからシャツを取るのを忘れたんだ。頼む!!」
と、いうと義妹は真っ赤になりながらもシャツの場所を聞いてきて取りに行ってくれた。
幼馴染は笑いながら俺に入ってくればいいと催促するが、何故女子の巣窟になっている自室に入ることができようか?
いや、それ……普通に考えたらセクハラだからね?
苦笑いをしながら義妹がシャツを持ってくるのを待っていると、義妹が出てきた。
最初は俺の上半身に驚いていたけど、すぐに顔を伏せてシャツを渡してくる。
「ありがとう。」
俺が義妹からシャツを受け取り、着ていると、彼女は真っ赤な顔のまま口を開く。
「……なにか、してたの?」
唐突で主語のない質問に、ついつい「はい?」と答えると彼女は真っ赤な顔のままこちらを見る。
だが、その視線にいつものような鋭さはない。
「スポーツ、何がしてたのってきいてるの!!」
「えっ?ああ、空手をしてるけど……。なんで?」
と聞くと、しばらく目を見開いたままいたが、すぐに気を取り直す。
「べっ、別に!?ただ筋肉がすごいと思っただけで……。もういい!!」
と言って先に室内に戻ってしまった。
俺はその様子をみて頭を掻く。
だけど、俺は初めて義妹と会話が成立した事に驚いたとともに嬉しくも思ってしまった。
義妹の後を追うように、俺も自室に戻ると義妹は相変わらず真っ赤な顔をしているし、アイドル様はちょっと顔が怖い。
「戻ってきたかー。」
呑気そうな声で再び幼馴染が俺を捕まえると、彼女は仕上げに髪を整える。
「う〜ん。あとは目だけなんだけど、細いわね。コンタクト持ってないの?」
「持ってるけど……。」
「出して!!」
「はい……。」
俺がコンタクト嫌いな事をいう前に、口を出してきた彼女に俺は従ってしまった。
幼少の頃の彼女の記憶がチラチラと顔を出す。
当時の俺は幼馴染のストレートな物言いや行動力に憧れ、遊ぶ時は常に後ろをついて行っていた記憶がある。
その名残がこの年になってもある事がどこか滑稽だったが、それに素直に従う自分も情けない。
そんなことを考えながら再び洗面所に向かい、コンタクトをつけて自室に戻ると、幼馴染の前に立つ。
すると、彼女はただ驚いた顔で俺を見つめていた。
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