第33話 俺は幼馴染に髪を切られるはずがない

俺はなぜか女子達に囲まれていた。

ドアの近くにはアイドル様立っていて、俺のベッドにはギャルが座り、そして目の前には幼馴染が鎮座している。


この状況を人はきっとハーレムというだろう。だが俺にとっては違う。この世の地獄だ。


なんせ、俺を嫌っている美少女達が集結しているのだ!!いつ処刑されるかわからない状況を楽しめる奴がいるであろうか……いや、いない。いないはずだ。


現に今、散髪という名の処刑目前なのだ。


俺は恐る恐る幼馴染を見る。

その顔はどこか生き生きとしていて、どことなく不安にかられる。


「……あの、美内さん?本当に切るんでしょうか?」

恐る恐る幼馴染に刑を執行するのかを尋ねると、彼女は「うん!!」と、にこやかな表情で返事をする。


その表情は天真爛漫で何の曇りもない笑顔だった。その無垢な笑顔に普通の男はすぐにメロメロになってしまうだろう


残念だが、俺は違う!!


彼女は俺の事は嫌っているはずなのだから、俺が好きになるなんてありえない事だろう。


「私ね、将来美容師になるんだ!!」

俺が失礼なことを考えていると彼女は急に自分の将来について話し出す。


……いきなり将来の話かい!!

どこまでもメルヘンな少女の身の内話を聞かされるとは思っていなかった俺は呆れ顔でそれを聞いていると、ベッドには座っていたギャルがこちらを見る。


「へぇ〜。明日ってそんな夢があったんだ。」


「えへへ。昔からお兄たちの髪を整えたり、着ることが好きだったからそれを仕事にしたくてね!!」

少し恥ずかしそうに照れ笑いする幼馴染を見て、俺は見ず知らずの兄に同情してしまう。


だが、それは俺も一緒だった。

今から執行されるのは俺なのだ。


「ねぇ、海西くん。何でそんなに髪を伸ばしてるの?」

俺の髪を触りながら幼馴染が聞いてくる。

幼馴染の手の感覚に慌てていると俺の視線の先にはなぜか不機嫌そうな表情を浮かべるアイドル様の姿があった。


俺はその表情に疑問を抱きながらも、幼馴染の問いに答える。


「……昔はうち、貧乏だったからお金を浮かせるために切ってこなかったんだ。」


……違う。それはただの方便だった。

本当は自分の容姿に自信がなく、ただ人の目を見るのが怖かっただけだ。


自分のついた嘘に心が痛む。


「ふ〜ん。それより、空遅いねー。」

俺の話を何気に流した幼馴染はまだ部屋に戻らない義妹の心配をする。


……おい、今いい話をしたよね?したよね!!

聞き流された方の俺はただ無駄に心を痛めただけで、俺の過去にはまったく興味のない彼女に対して恨めしそうな視線をおくる。


その視線を無視する様に、彼女は俺の髪から手を離すと本棚の方に興味がいったのか、そちらに歩いて行く。

すると、彼女はあるものに気がついた。


俺の書いた小説だった。


「あ、海西くんも持ってたんだ!!『雨の中でたたずむ君に僕は恋をした』。」


「ん、ああ……。」

自著なのだから持っていて当たり前だ。


「いいよね〜。雨恋!!私、この作者の大ファンなの!!その人ね〜……。」

幼馴染は目を輝かせて作者の話をしようとしていたので、俺は鬱陶しくなる。


「ああ、はいはい。この前はサイン会来てくれてありがとうねー。」

と、少し投げやり気味に彼女の言葉を遮る。


……が、しかし。

「ねぇ、何であんたがお礼を言ってんの?それより、何でサイン会に行ったことを知ってんの?」

幼馴染が作者でもない(と、思っている)男にお礼を言われ、しかもサイン会に彼女が行っていた事を知っているのだから怪訝な顔をするのも当然だ。


……やっちまったぁ!!

俺は自分の発言に対して青ざめてしまう。


「い、いや、この前、通学中にアイ……冷泉さんと話しているところをたまたま聞いたんだ。美内さんは声が大きいから……。ねぇ、冷泉さん!!」

すがるような思いでアイドル様に同意を求めるとが、彼女は「えっ?」と言って固まってしまう。しかも顔が赤くなっている。


……なんでやねーん!!どして固まるの!?どうして貴女は今日、ポンコツなんですか?


アイドル様の反応に心の中でツッコミを入れる。


「じゃあ私達が何を話していたか言ってみてよ!!」

幼馴染はずいっと俺に近づく。


……ち、近い!!

俺は自らのミスと幼馴染の近さに目をまわしてしまう。


その時の様子をみたアイドル様が「あっ?」と不機嫌な声を上げた事を俺は知る由もなく、幼馴染の問いな答える。


「ほ、ほら。作者がかっこいいだの、作者が優しいだの、作者が彼女0の童貞だのって話を……。」


「えっ?」「ああっ?」

アイドル様の戸惑いの声と、幼馴染の怒りに満ちた声がシンクロする。


「そこまでは言ってないけど??そもそもなんであんたが先生の女性経験までしってるのよ?」

人を見下すような目をした幼馴染の威圧で俺はますます窮地に立たされる。確かに彼女はそんな事は言っていなかったのだ。


「ほっ、ほら、俺もあの時あの場に……。」


「いなかった!!あの日の会場の様子はこの目でちゃんとみたからおぼえてるもん!!」


……めざとい!!この女、めざといぞ!!

俺はの頭はすでにパンク状態に落ちいっていると、部屋の扉が開く音がする。


「明日香ちゃん。言われたもの持ってきたけど……。」

義妹だ!!義妹がハサミと新聞紙とゴミ袋を持って部屋にはいってきたのだ。


「ん、ああ。空ちゃん。ありがとう。」


……助かった!!

普段は鬼のように見える義妹も今日はそう、エンジェル!!幼馴染という悪魔から救いの手をさしのべてくれる天使なのだ!!


だが、幼馴染はキッとこちらを睨むと「話は後で聞くからね!!」と言って俺を強制的に座らせた。


そんな俺たちの茶番をつまらなそうに見ていたギャルは飽きたのか、こそっとパソコンの方に移動していた。


そして、開きっぱなしのパソコンの画面を見つめて、「嘘っ……!?」と、呟いていた事をこの時の俺はまだ、知らない。

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