第15話 俺の通う店で幼馴染が働いているはずがない

日曜日の朝、誰もいない家に向かって、「行ってきます」と、口にする。


何故誰もいないかって?


それは両親が家族で買い物に行きたいと言っていたが、俺は昼前に用事があったし、義妹はクラスメイトと遊ぶ約束をしていて両親2人でのデートになってしまった。


まぁ、俺にしたら新婚の2人がデートをできるなら俺はいなくていいと思うし、妹にしてみれば死んでも俺と歩くのは嫌だろう。


両親の前では2人とも取り繕うことはできていたが、先日の件があってますます気まずくなってしまったのは言うまでもない事だ。


俺は荷物を片手に目的地に向かって歩き出す。

目的地は電車で10分くらいのところにある喫茶店だ。


名古屋発祥のコーヒーチェーン店で、コーヒーにモーニングがついてくるのでたまに足を運ぶ。

家にいるより執筆に集中できるのだ。


地下鉄に揺られながら、窓に映る自分を見る。

そこには眼鏡を付けていないが冴えない男が立っていた。


今日に限っては会う相手が萌生さんと言う事で、彼の言いつけを守り作家スタイルを作っているのだが、まさに馬子にも衣装。


サイン会の時に女の子にキャーキャー言われた覚えがあるが、あれはきっと高校生作家というネームバリューと萌生さんの化粧のせいだろう。


もともとめんどくさがり屋で隠キャの俺が着飾ったとこでそうそうかっこよくなるわけがない。


ときどき女性たちからの視線を感じる事もあるけど、モブが着飾っている事への軽蔑の視線だろう……、と髪で目を隠したくなる衝動を堪えながら地下鉄を降りる。


地下鉄を出てしばらく行くと目的の喫茶店にたどり着く。


「いらっしゃいませ〜。一名様ですか?」

俺が店内に入ると、女性の店員が人数を確認する。


……どこをどう見ても1人だろうが!!

っと悪態を吐きそうになるが、ぐっとこらえる。365日ぼっちの僻みが心の中から湧き上がってくる。


だが今日は違う……。


「あっ……あとから連れが来ます!!」

と、1人じゃないことの強調をする。


……今日は連れ(編集者)が同席するのだ!!だから1人じゃない!!



「分かりました、では4名席にご案内しますねー。」

俺が連れがいる事を心の中で自慢げに思っていると、店員が冷静に席へと案内する。


店員のその至って普通感が俺の小さな虚栄心を容易く打ち砕く。


がっかりしながら案内された席に座り、いつものようにコーヒー(加糖)セットを注文するとノートパソコンを開く。


俺の処女作の"雨の中でたたずむ君に僕は恋をした"の続編の続きを書く。


「お待たせしました。」

俺が執筆に夢中になっていると店員が、コーヒーとトーストを持ってきた。


「ありがとう。……!!」

執筆の手を止め、注文の品を持ってきた店員にお礼を言う為に顔をあげると、店員の顔に見覚えのある事に気がつく。


「松平先生!!」

その店員は俺の顔を見るなり、俺のペンネームを口にする。

俺の顔を見て名を言えるものは俺の作品のファンしかいない。しかもサイン会に来るくらいのファンだ。


尚且つ俺自身も見覚えのある顔といえばいない1人しか居ない……。


幼馴染の美内明日香だった。


……あっれ〜、おっかしいーぞぉ?

この間はいなかったよね〜。


俺は以前からここを利用していたが、幼馴染がバイトしている姿を見た事が無かった。


「……はいっ。」


「松平先生がどうしてここに?」

俺が苦笑いしていると、彼女は目を輝かせて質問を投げかけてくる。


「以前からよくここで執筆に利用させていただいています。何より集中できるもので。」

俺は至って冷静に営業トークで乗り切っているが、内心は慌てている。


もしここでぼっちでモーニングを食べている事を幼馴染にクラスに広められると、ぼっち生活を決意したばかりの俺の虐められる生活の始まりだ。


……だけど、なんでこいつは先生扱いなんだ?クラスメイトだから海西でいいじゃないか?


俺がクラスメイトに対して疑問を抱いていると、幼馴染はますます目を輝かせる。


「本当ですか!?私はここで先週からはたらき始めたばかりなんですよ!!運命的ですね〜。」と、何故か運命を強調する。


確かに運命的といえば運命的だ。

幼馴染とクラスメイトとして高校で再会して、サイン会でもファンとして会って、行きつけの店で店員として会うなんて、運命じゃ無かったら何というのだろう。


……ストーカー?


「いや〜、この制服。可愛いでしょう?こんな可愛い制服の所で働いてみたくて……。」

幼馴染は仕事をよそに制服をひらひら見せびらかしてくる。


薄茶色のシャツに赤いチェックのスカート、そして白いエプロンが特徴で、幼馴染の少し大きめな胸がエプロンにより強調されているのだ。


確かにここの制服を着た幼馴染はお世話抜きで可愛かった。照れたような表情で喜ぶ幼馴染をよそに至って俺の頭は冷静だった。


えっ?なぜかって?俺はこの間、こいつに説教を喰らったばかりなのだ!!しかも、一方的に……。


その事を全く気にする様子もなく嬉しそうに話す幼馴染を店員を呼ぶのベルがなる。


それに気づいた彼女は「はーい、ただいまぁ〜。」と声を上げると俺の方を向くと、


「じゃあ、執筆頑張ってくださいね、先生!!」

と、言って小走りに去っていく。


俺は顔を痙攣らせたまま、幼馴染を見送る。

彼女の作家である俺に対する態度と同級生のに対する態度とのギャップに違和感を覚える。


そんな事を気にしながら、トーストを口にするが既にトーストは冷めていた。


……どれだけ話していたんだ?

呆れながらもトーストを完食し執筆の続きを描き始めるとスマホが音を鳴らす。


担当編集の萌生さんからの連絡だった。


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