第14話 義妹は初恋をしたはずなのに
泣きながら私は家に帰った。
制服はびしょ濡れになっていて、ハンカチで身体にまとわりつく雨の滴を軽く払って玄関のドアを開ける。
ドアの向こうはしんと静まり返っていて、誰もいる気配はない。蛍光灯が所々に灯っているだけだった。
モサ男は先に帰っているはずなのに、姿はおろか靴すら見当たらなかった。
部屋にでも入っているのだろうか?
いや、そんな事はどうでもよかった。
泣き疲れてボーッとした頭で濡れた靴下を脱いでお風呂に向かって歩く。
脱衣場で雨で濡れてしまった制服を脱いでお風呂に入るために裸になる。
男女に分けた洗濯カゴにはすでにモサ男が入った形跡がある。
……やっぱり帰っていたんだ。
モサ男の脱いだ服を横目に、身体を洗うタオルとバスタオルを持って浴室の前に移動する。
その瞬間、がちゃっと言う音と共に脱衣場の扉が開いた。
その音にビックリした私はとっさにバスタオルで身体を隠し、音のする方向に視線を移す。
普段ならモサ男に警戒していて脱衣場のドアの鍵は閉めているはずなのに、今日の私は失念していた。
開いたドアの向こうのモサ男と視線が合う。
そして、身体を拭いているタオルの向こうにモサ男の引き締まった身体が見えたが、この時の私は動揺と恥ずかしさでそれどころではなかった。
「きゃあーーーーー!!」
「ぎゃあーーーーー!!」
家の中に2人の叫び声が響き渡る。
その声と共に、モサ男は慌てて脱衣場の扉を閉める。私は裸を見られたショックで床にへたり込む。顔は羞恥と怒りで頭に血が上っていて、側から見たらきっと真っ赤になっているだろう。
ドアの向こうではモサ男が何かをボソッと呟いたかと思うと私に向かって声を掛けてきた。
「あの……、その……、ごめん……。」
その言葉に私は無言になる。
そのはっきりとした言い方と裸を見られた事に怒りを覚えた私は、その沈黙を破るように口を開く。
「……最低。どっかに行ってくれない?キモいから……。」
考える前に口からこぼれた言葉は、止まる事なく彼の耳に届く。
同い年の男に裸を目撃されたのだ。仕方ない事だ。
その言葉にしばらく黙ってしまったモサ男は、小さな声で「ごめん……。」と言って脱衣場から去っていってしまう。
彼が涙していることも、この時の私は知らなかった。
私は今日あった出来事を思い出す。雨で傘を忘れた事、脱衣場の鍵をかけ忘れたこと、嫌いな義兄に裸を見られた事、その義兄に八つ当たりをしてしまった事を思って「……最低。」と口にする。
悩み疲れた私は考える事をやめて、雨で濡れた身体を温める為に浴室に入りシャワーを浴びる。
頭上から降り注ぐシャワーのお湯が、頭を打つ。水はさっきまでの浴びていた雨を思い出させる。
頭の奥で雨の中で私を助けてくれた人の姿が浮かび、その手が持っていた2本の傘を思い出すと自然と涙が出てきた。
シャワーと一緒にとめどなく流れる涙に、私は初めて自分の気持ちを知る。
「……私は、あの人が好きになっていたんだ。」
初めて知った恋心と、始まらぬまま終わっていった初恋に、私はしばらくその場で泣き続けた。
どれもこれも雨のせいだ。
雨が降らなかったら彼を見る事も、義兄に八つ当たりする事、こんな気持ちになる事も……なかった。
すべては雨のせい!!
雨は……嫌いだ。
こんな弱い自分も大っ嫌い!!
沈んでいく気持ちを切り替えるように蛇口を閉めてシャワーをとめる。
シャワーを浴び終えた私は、脱衣場から出て体を拭きながら、一つの思いに至る。
この日を限りに彼の姿を探す事を……やめる。
そして今までのように何もない日常を過ごしていく事を決めた。
だけどその彼が1番近いところにいる事、傷つけてしまっていた事を私は知らなかった。
私達がパンドラの箱を開けるその日までは……。
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