第13話 義妹は恩人を探しているはずなのに

額に拳を受け止めたまま、不敵に笑う彼に私も不良達も目を奪われた。


そして、たじろぐ不良達をよそに彼の反撃が始まった。瞬く間に殴りかかってきた不良を殴り返すと、そいつは膝から崩れ落ちる。


その様子を見て他の男が襲いかかってくるのを体当たりで打ちのめし、最後は反対の足を伸ばして残りの1人を蹴り倒す。


3人を一瞬で打ちのめしたはずなのに、どこか不満そうな表情を浮かべ、私も呆気にとられていた。


「覚えてやがれ!!」


1人の男の声で我に帰った私を尻目に、不良達は伸びてしまった仲間を抱えて逃げ去っていく。


その様子を哀れみを込めた表情で見る彼の鋭い瞳に、私は恐怖を覚える。

助けてくれたのだからいい人だとは思うけど、それでも怖い人かもしれない。


何か言おうと言葉を探すけど、言葉が出ない。

けど、彼の額が少し赤くなっていることに気がついた私は思い切って声をかけることにした。


「あの……。」

勇気を振り絞って出した声に気がついた彼は瞳だけで私を見る。その顔に私は怯み、言葉を飲み込んでしまう。


だけど、このままじゃダメだ!!


「あの、大丈夫……?」


「ああ、大丈夫だ。君は?」

私は怯みかけた気持ちを奮い立たせて、彼に再び声をかけると、彼はこちらを向く事はなく私を心配する。


その短い言葉に私の心臓は跳ね上がると、息苦しさを覚えた。そして、「大丈夫……。」と言うと、周囲に無言が訪れた。


その空気に耐えかねたのか、彼は踵を返して足早に去って行く。

自宅と同じ方向へと向かう彼を追いかけて、お礼を言うこともできたけど、それを私はしなかった。


どこか私を守ってくれていた兄にその姿を重ねてしまい、感情の行き場に困り果てた私は、彼が同じ高校の制服を着ていることに気がつく。


……同じ学校の生徒だ。だったらまた会えるよね。

と、ただその背中を見送った。


だけど、その事が裏目に出るなんて思っても見なかった。


しばらくその場に立ち尽くした私は我に帰ると、ゆっくりと自宅へと向かう。


そこで待つ義兄の事を思い出すと、嫌悪感に苛まれる。


……あぁ〜、あんな人がお兄ちゃんだったらなぁ〜

叶いもしない妄想に取り憑かれながらも自宅へとたどり着いた。


自宅はしんとしていて、モサ男の気配はない。

静まり返った廊下をリビングに向かって歩き、リビングに入ると入り口前のソファにダイブする。


……1秒でも彼を思い出していたい。

自分の中に乙女心が残っていたことに驚きながらも、私はソファの上を転がる。


すると、屋内に人の足音が聞こえる。

モサ男だ……。


げんなりとした気分になりつつソファから起き上がり、ダイニングテーブルの椅子に座って顔を伏せる。


案の定、モサ男がキッチンに入ってきた。

彼は冷蔵庫から麦茶を取り出すと一気飲みをする。


そして、こちらにやって来ると私に声を掛けて来た。


「空……今日は。」

どこか心配そうな声で話かけるモサ男がいた。


心配そうとは言っても、顔が髪で隠れているから表情までは分からない。


ただ、そのはっきりとしない物言いになぜか無性に腹が立ってしまった私は……、「ちょっと黙ってて!!」と、声を張り上げてしまった。


その一言にショックを受けたのか、モサ男は黙って自室に戻って行く。


私はそれを見て見ぬ振りをした。

だけど、まさかその一言が恩人を傷つけたと、この時の私は気づかなかった。


……気づいた時には遅かったんだけど。


翌日から、私は助けてくれた彼を探して校舎中を歩き回る。

校舎中とはいえ、1〜3年生の計6クラスしか男子はいないので見つける事は容易い……と、思っていた。


休憩時間を利用してキョロキョロと辺りを見渡すがどこにも彼はいない。

それどころか、影すら見つけられないでいた。


……どうして見つけられないんだろう。

私は蜃気楼を追い求めるような感覚に陥る。


見つけられないのは当然だった。

その彼は目を背け続けていた義兄、モサ男なのだ。

そんな事は露知らず、私は数日間彼の姿を探した。


そんなある日の放課後、私は凹んでいた。

朝は晴れていたのに、帰る間際に突然降り出した雨に私は傘を持って来ていなかった。


彼もいないし、傘もない。

憂鬱な気持ちになりながらも、雨が弱くなるまでクラスメイト達と話をしていた。


モサ男はと言うと、早々に教室から出て行ったようで姿がない。通学鞄もすでにない。


私の普段の態度から家に帰って傘を持って来てくれる訳もないし、連絡先すら知らないから私は濡れながら帰るか傘を借りるしか無かった。


先生に傘を借りる事に決めた私が職員室に向かっている途中、周囲がピカッと光った。


雷だ。


私は雷の音に耳を塞ぐ。

私は雷が怖かったのだ。


母と兄が死んでからと言うもの、私は雷が怖くなった。家で1人で聞く雷鳴は幼い私の心にトラウマを覚えさせた。


高校生にもなって情けないとは思うけど、私は小刻みに震えながらも職員室で傘を借りる事ができた。


いつ雷が落ちるかと怯えながら、とぼとぼと校舎から出る。


道ゆく生徒達はそれぞれのスピードで雨の中を帰って行く。


そんな中、私はある存在に気付いた。

私を助けてくれたあの人の姿だった。


私が探し求めていた人の姿は私服で、傘をさしていた。


私の中に緊張が走る。

声を掛ける事ができれば楽なのに高鳴る心臓は足を止めてしまったのだ。


意を決して彼に話しかけようとしたその時、目に飛び込んできた物があった。


彼が持つ、もう一つの傘の存在だった。


その傘を見た私の脳裏に雷が落ちる。

いや、実際に落ちたわけではない。


だけど、その傘の存在は私を打ちのめすのに十分な威力だった。


私はその光景を見て、彼に見つからないように逃げるように帰って行く。


私の瞳には涙が溢れていた。

彼がモサ男で、私を待っていた事など知る由もなかった。


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