第16話 俺の話で幼馴染がショックを受けるはずがない

「やあ、松平くん。待たせましたね!!」

爽やかな表情で萌生さんが俺の待つ席へとやってきた。


仕事の打ち合わせをする為だ。

彼は僕の前に座ると、幼馴染とは違う店員にコーヒーを注文する。


そして、コーヒーが届くと同時に彼は俺の小説の原稿に目を通し訂正箇所の指摘をする。


時には厳しく、時には丁寧に……。

彼の話を聞きながら、俺は訂正箇所を直す。


その指摘は適切で最初は怖かったけど、今までは一人で書いていたから気づかなかった点や表現方法を教えてくれるのでありがたい。


実際、小説を書く作業は孤独だ。


何が正しくてどこに矛盾があるかは自分では分かりにくい。書いてしまった時点で自分の中ではある程度話が完結してしまうからだ。


だから矛盾や間違えてしまっている事を簡単には気づかずにいる事が多い。


Web作家時代は読者コメントがくるたびにそう言った矛盾を突かれる事は怖かった。


今思えば読者が反応してくれている事で話を見直すきっかけになったし、作品の深化にもつながった。


萌生さんの話を聞いていると今の俺があるのは、Web読者が支えてくれたんだと実感が湧き出てくる。


だからこそ、俺は真摯に自分の小説と向き合う。萌生さんに叱られても書く事ができるのだ。


俺と萌生さんは場所も弁えず。徹底的に議論をぶつけながら小説をより良いものにして行く。


たまに幼馴染がお冷をいれに来てくれていたが、そんな事はお構いなしだ。


そうしているうちに時間は早々と過ぎていき、気づけばお昼をとうに過ぎていた。


「松平先生、ちょっと休憩にして昼食でも取りましょうか?」

萌生さんが残り少なくなったコーヒーを飲み干し、俺に休憩を促す。


「……はい。」

俺もノートパソコンを閉じて一息つく。


呼び鈴を押して店員を呼び、萌生さんが軽食を注文する。

注文し終わると俺は萌生さんに前もって話したかったことを打ち明ける。


「萌生さん、ちょっと相談したい事がありまして。」

というと、萌生さんは俺の顔を見つめてくる。


「あの、俺家から出ようと思っているんですけど、小説の売り上げだけで生活していく事って出来るんでしょうか?」


相談したかった事とは、やはり家から出ていく事だ。

小説の売り上げでどうにかその費用を捻出し、生活費に当てる事ができれば家族の負担にもならずに家から出ていく事ができると思ったからだ。


俺の話を聞いて、萌生さんはしばらく考え込む。


「ひとり暮らしか……。できない事はないが。」

という萌生さんの曖昧な答えに俺は疑問を持つ。

彼の表情はどこか渋い顔をしているのだ。


「できない事はないが、やめておいたっ方がいい。」

しばらく考えていた萌生さんの考えがまとまったのか、結論を述べてくる。


「なぜです?売り上げがあればできない事はないはずですが?」


「ああ、できない事は確かにない。だけど、その売り上げが永遠に続くわけではないことを君は知っているのか?」

萌生さんが、目を鋭くして俺の顔を見つめる。

一緒に編集作業をしているときによくする表情だ。


「小説は打ち出の小槌じゃない。売れる時は確かに売れるが、もしその小説が売れなくなってしまえばどうする?」


「書けばいいだけじゃないですか?まだ話は続きますし……。」


「松平先生、それは甘いですよ……。作家の一番の悩みは書けなくなってしまったときだ……。」


静かに語る彼の迫力に俺は気圧される。


「お待たせいたしました、サンドイッチセットとハンバーガーセットをお持ちいたしました!!」

と、真剣な空気を打ち破るように幼馴染が嬉しそうな声で料理を運んでくる。


それを受け取ると、彼は再び話を始める。


「小説というものは必ずしも売れるものではない事は先生もご存知ですよね?」


「はい……。」


「書いても売れずに悩み、悩みすぎて書けなくなった小説家はいっぱいいます。そして引退していった方を私は嫌というほど見てきました。私もサラリーマンですからね、会社の売り上げに貢献できない作家さんの小説を支持するわけにはいかないんです。」


ガチャン!!


食器が落ちる音がして、その音に俺と萌生さんは音の方向に顔を向ける。

そこには「失礼しました。」と慌てる幼馴染と、俺の席から下げたコーヒーカップが床に転がっている様子が見えた。


「話は戻しますけど、今松平先生がうちの期待の新人である事は言うまでもありませんし、会社としても私としても期待をしているます。」


「ありがとうございます……。」


「ですが、まだ未成年のあなたに一人暮らしをしながら高校に通い、小説を描き続ける力があるとは到底思えません。」


「……。」

確信めいた萌生さんの物言いに俺は言葉を失う。


確かにそうだ。

今までは自宅という確固たる居場所が存在し、親が身の回りの事をしてくれていたから俺は好きな事を続ける事ができていただけの話だ。


一人暮らしをする事で家賃や光熱費、食費を賄い、身の回りのことを自分でしながら高校生活を送り、尚且つ小説のクオリティーを維持していく事ができるのか自分でも疑いたくなる。


「でも……。」

論破されてしまった俺は言い訳を口にしようとするが言葉が出なくなる。


「ご両親はこの事はご存知で?」


「いいえ、まだ話していません。」


「でしたら一度ご両親に相談をする事をお勧めしますよ。」

萌生さんの和かな笑みで助言をしてくれたが俺は沈んだ気持ちになりながら聞く。

いや、聞き流すっと言った方が正しいか?


両親に相談するときっと反対されるし、今の生活が嫌なのだと思うだろう。

それだけは一人暮らしを決定するまでは避けたいと思っていたから、否定をされると尚更辛いものがあった。


「先生、理由をお尋ねしても?」

俺の表情を見た萌生さんが理由を尋ねてきたので、俺は家庭事情と義妹との確執を説明する。


……早く大人になりたい。

萌生さんに説明をしながら、未成年である自分の不甲斐なさを嘆いた。


その光景を幼馴染が遠目で見ながら、凹んでいた事を俺は知らなかった。

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