第21話 俺は彼女に惹かれるはずがない
俺は萌生さんに現在における家族の状況と義妹との確執について話をした。
彼は「ふむ……」と答えたきり何も言わなかった。
家庭環境について他者が無責任に言う事ができないのは重々承知しているつもりだし、自分で解決しないといけない事はわかっている。
義妹との関係についても同様で、彼女とは一度逃げずに話をしないといけないとは思っている。
「君は少し女性というものに慣れないといけないな……。」
「えっ?」
沈んだ気分の中、萌生さんが重い口を開く。
「聞く話では君は妹さんを怖がっていると思う。それは女性の扱いに慣れていないからだ!!」
握り拳を固め、彼は意気揚々と僕に熱弁を振るう。
その光景に俺は呆気にとられてしまう。
「人間というものはまず第一印象から値踏みするものだ。普段の君の様子はなんとなく察しがつくが、それでは妹さんも心は開かないだろう。今のように身なりを整えて、嫌悪感を抱かれない男になる事が第一だ!!」
その後も萌生さんの熱弁は続く。
女性の扱いについてやら、自分の過去の武勇談などを聞かされる。
ためになるとは言え、大学の頃はモテていたという武勇談については正直うざかった。
すると、萌生さんが何かを思い出したように携帯電話を取り出すと、誰かに電話をかけはじめる。そして通話が繋がったのか、楽しげにスマホの向こうにいる相手と会話をする。
何やらこちらにきて欲しいということを話しているが、彼の思惑はわからない。
俺は意味のわからないまま、彼が通話を終えるのを待つ。
「すまないね、松平先生。君に合わせたい人がいるからしばらく待っていてはくれないだろうか?」
通話を終えた彼がスマホを置き俺につげる。
「……はい。誰に話をしていたんですか?」
「編集部の同僚にね……。今日は君にきてもらったのもそのためなんだけど、詳しい話は彼女が来てからにさせてくれるか?」
そう言った萌生さんの表情に少し陰りが見える。
何を思っているのか彼の考えはわからないまま、俺と萌生さんはコーヒーを口にしながら相手が来るのを待った。
しばらくすると喫茶店の扉が開き、俺達の席に一人の女性が現れた。
その姿はいかにもキャリアウーマンといったスタイルで、黒いジャケットに真っ白なシャツ、そして足のラインがはっきりとわかるすらりとしたパンツを履いた黒い長髪が特徴の綺麗な女性だった。
「先輩、お待たせしてすいません。急な連絡だったので準備に時間がかかってしまいました。」
「いや、無理言ってすまないね、逢合くん。まあ座りたまえ。」
と、事務的な会話が目の前で繰り広げられる。
彼女は萌生さんに促されるまま、彼の隣に座る。そして俺と視線が重なる。
逢合さんと呼ばれた女性の瞳を見て俺はどきっとする。
彼女から発せられる大人の女性の魅力と彼女自身が持つ美貌に魅入ってしまう。
「で、先輩。用件はなんでしょうか?私も暇じゃないんですよ。」
どこか冷淡に聞こえる彼女の声に萌生さんは嬉しそうだった。
……普段のかっこいい萌生さんからは想像ができない。この人、どMなんだろうか?
「いや、今日呼んだのは他でもない。君に松平先生の担当を受け持ってもらおうかと思ってね……。」
「えっ?」
俺は彼の発言に絶句し、逢合さんが来る前に萌生さんと話ていた事を思い出す。
俺は残念な事に女性の扱いには慣れていない。
だからと言って心構えもしていないのに急に担当が女性に変わるのはあまり嬉しいことではない。
中学生の頃から萌生さんに鍛えられてきたのだ、少なからず彼のことを慕ってはいるのだ。
だが、俺の戸惑いをよそに萌生さんは逢合さんの事をどこか心配そうな表情で話し始める。
「君にとっても歳が上の作家を受け持つより、彼のような若い作家と一緒の方が気が楽ですむと前々から思ってたんだ。今の君にとって悪い話ではないだろ。」
「そういうことですか、わかりました。」
萌生さんは俺の慌てようをよそに淡々と承諾をする逢合さんの顔を見て優しげな笑みを浮かべる。そして俺の方を向き直す。
「松平先生には申し訳ないですが、以前より内部昇進が決まっていて、遅かれ早かれ担当が変わることは決まっていたんですよ。逢合にもいろいろありまして、担当を変えるにはいい機会かと思いますよ?」
それ以上彼は彼女の事を何も話さなかった。だが、萌生さんの先程の表情の意味を俺は知らない。知るはずもないのに、彼の心の奥には特別な何かがあるはずだ。
「ということで、私は引き上げさせてもらうよ。まだまだ仕事が山積みでね。逢合くん、ここの代金は私が支払っておくから松平先生の相手をよろしく!!」
「ちょ、萌生さん!?」
萌生さんは伝票を持って足早に喫茶店をあとにする。
……あの野郎、今度からモブって呼んでやるぞ!!
放っていかれた俺は恨み言を一つ溢すと逢合さんの顔を見る。
美人でクールな表情のまま俺の顔を見る彼女に一瞬怖さを覚える。
「……あ、あの。」
意を決して俺は逢合さんに(小声で)話しかける。すると、彼女は無視をする。
……あなたもですか?
と、新しく担当になった編集とうまくやっていけるか急に不安になる。
すると彼女はうーんと伸びをする。
「あー、肩凝った!!なんであの人はいっつもあんなんなんだろう。」
重苦しい雰囲気を嫌うかのように肩を回しながらぶつぶつ口を溢す。
先程のイメージとは違うラフな言葉遣いに俺は驚いた。
そして一通り愚痴を言い終わると、逢合さんは俺の方を見てにっこりと笑う。
「はじめまして、松平先生。この度担当になりました逢合つかさです。よろしくお願いします!!」
モブさんがいたときには見せなかった笑顔に俺の胸が高鳴る。
彼女の年齢はわからなかったけど、俺はこの人の笑顔に惹かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます