第22話 俺がアイドルに見られるはずかない。

モブさんが俺たちの前からいなくなったとたんに逢合さんはコロリと態度を変えた。


その笑顔の裏に何があるかは分からなかったけど、俺はそれに惹かれた。

「さて、松平先生。自己紹介がまだでしたね。わたしは逢合つかさ、最近こっちに引っ越してきたばかりなんだけど、一応編集者歴は長いからいつでも頼ってね!!」


「は、はい!!俺は松平陸です。本名は海西陸。よろしくお願いします、逢合さん。」

彼女の自己紹介に答えるように俺も自己紹介をしたが、何故か緊張してしまう。


その様子を見た彼女はけたけたと笑います。


「あははっ。よろしくね、陸先生。わたしの事はつかさでいいからね!!」


「わ、わかりました。つ、つかさ……さん。」

その言葉に俺はドキッとしながらも彼女の事を名前で呼ぶ。


彼女にとっては他意のないことかもしれないけど、女性を名前で呼んだことはなかった。義妹以外には……。


そんな事はお構いなしに彼女はにこやかに今後について話をする。

この姿が本来の彼女の姿なのかと思うとますます彼女に惹かれてしまうと共に感じる事があった。

……なら、どうしてモブさんに対してはあんなに塩対応なんだろう。


主要人物なのに既にモブとして定着してしまった萌生さんとの関係が気になる。どう考えても彼女は彼に対して冷たい気がする。

モヤモヤした気持ちが生じたが、彼女はそんな俺の気持ちを知る由もなく仕事の話を続ける。


一通り話を終えた彼女の隙を見て俺はその件について聞いてみたいと思う。


「あの、つかささん。なんでモブさんにはあんなそっけないんですか?」


「ん?」

俺の発言につかささんは豆鉄砲を喰らった顔をする。


「ああ〜、大学からの付き合いだからね。あいつが先輩でわたしが後輩。だからあいつのことは嫌でも知ってるのよ。」


つかささんが嫌そうな表情を浮かべる。その表情には何か裏がありそうで、「元々恋人だったとか?」と聞いてみると彼女は苦笑いする。


「違う違う。あいつとはそんな関係じゃない。」

と、いいながらコーヒーを口に含む。


一口飲むと、コーヒーカップを口から離す。

そして何か考えをまとめるように黙ったままカップの一点を見つめる。

その間、俺とつかささんの間にしばしの沈黙が訪れる。


「大学の頃から彼はわたしが好きなのよ。」

沈黙からこぼれ落ちた言葉に俺の呼吸が止まる。


「な、なんで付き合わないんですか?」


「ん?それは昔からあいつのことが嫌いだからよ……。」

彼女が笑いながらこぼした言葉に俺は脱力した。

一方で心の底で恐れていた言葉が来なくてほっとした。


「あいつは昔からモテていたからね。それは今もだけど、なんか嫌味じゃない?仕事もできて顔もいいのにわたしに執着するんだもん。それに……。」

ため息をつきながら、彼女は言葉を探していた。


「脈のないわたしなんて待つことはないのに……。」

申し訳なさそうに語る彼女の言葉の奥にある本音は俺には見えない。だがそこには嫌い以上の何かがあると……思った。


初めて会ったばかりの人なのに彼女のコロコロと変わる表情に引き込まれていた俺だったが、彼女の深淵を覗こうとすればきっと痛みを味わうこうことになりそうでどこか怖かった。


「人には色々と事情があるのよ。あなたも大人になればわかってくるわ。」

そういうと、彼女は目の前に置いてあったパソコンを閉じる。


「じゃ、ここから出ましょうか。」

ゆっくりと立ち上がった彼女を見て、俺も立ち上がるが、そろそろコンタクトを外したくなってしまう。


「その前にトイレに行ってきてもいいですか?」

俺の言葉を聞いて、彼女は「いいわよ。」と言って再び席につく。

待っていてくれるみたいで少し安心した。


俺はポーチを持ってトイレに駆け込むと、鏡を見ながらコンタクトを外す。

そして愛用のメガネにつけ変えて、作家スタイルから普段の姿に戻る。だが髪が掛からないように髪留めでとめると、トイレからでて席に戻る。


そして、つかささんと一緒に喫茶店を後にする。幼馴染の姿はいつの間にか居なくなっていた。


「陸先生、どうしてメガネにかえたんですか?」


「コンタクトはどうも苦手で……。」


「そうなんだ。どうせ先輩のゴリ押しで付けさせられていたんでしょう?」


「はい……。」

街中をつかささんと話しながら最寄りの駅へ向かって歩く。


コンプレックスの塊である俺に嫌悪感を剥き出す事もなく接してくれる彼女の優しさが嬉しくなる。


だから彼女にせめて恥をかかせまいと、以前にある子から好評だった格好で街中を歩く。

そんな事で醜いアヒルの子が白鳥に変わる事はないのはわかっている。


ふと、俺は不動産会社の看板が目に入り、俺は足を止める。


モブさんには反対されたけど、やはり家を出たい気持ちはそう変わらない。


1Kやワンルームを中心に部屋を探してみるがどれも月々万単位のお金が飛んでいく。


高校生だからと言って安く家を貸してくれる所はないだろう。


「先生、どうしたんですか?」

事情を知らないつかささんは不動産会社の貼り出している住宅情報を見てガッカリしている俺に疑問を抱く。


「いや、ちょっと一人暮らしを考えていまして……。」


「けど、先生って幾つだっけ?」


「高一です。」


「高一で一人暮らしは早くない?なにがあったの?」


「家庭の事情で色々と……。」

モブさんに説明した事を全て伝えるのは骨が折れるので簡単に言う。


「ふーん。じゃあ私のとこに来る?部屋が余ってるから。」

黙って俺の話を聞いていた彼女は悪戯っぽい笑顔で言ってくる。


「えっ?あの、その……。」

つかささんの発言に俺は驚いた。

いや、高校生とは言え初対面の男に一緒に住もうなんておかしいだろ!!


顔が真っ赤になりながらあたふたしている俺を見て彼女はにやにやに笑っている。


「やぁーね、冗談よ。冗談!!かわいい。」


「冗談でもよして下さいよ!!」

俺の反論を無視するかの様に、彼女は俺に手を伸ばし、頭を撫でてくるので俺はますます真っ赤になってしまった事は言うまでもない。


だが、その光景を一人の子が見ていた事を俺は知らなかった。


その子はクラス1のアイドル、冷泉綾乃だった。


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