第46話 俺とギャルがデュエットするはずがない……
結局は俺が真ん中の席に陣取ることになり、その場は落ち着いた……に見えた。
だが、俺から離された幼馴染みは残念そうに肩を落とし、対照的にアイドル様はニコニコ笑顔。義妹は幼馴染みの席からテーブルを挟んで何故かほっとしているし、ギャルに関しては幼馴染みとアイドル様と俺を交互に睨みつけている。
……何故、なにゆえ?
彼女達の行動に訳の分からないまま、俺達はカラオケを始めた。
義妹はカラオケに慣れていないのか辿々しい口調で恥ずかしそうに今流行りのJ-popを歌い、幼馴染みはアニメソングを楽しそうに歌う。刮目すべきなのはアイドル様がまさにアイドル然とした様子で人気アイドルグループの歌を歌っているのだ。
……ほんと、アイドルになればいいのに。
彼女の才能の一端を垣間見、俺は舌を巻く。
そして、ギャルの番になった。
ギャルは最近人気の男性ソロのアルバムに入っている曲を歌い始める。その歌は俺も好きな歌手で、小説を書く時やゲームをする時などによく聞いていた。
「へぇ〜、出雲さんって玄米歌うんだ。」
ギャルの番が終わり、俺は好きな歌手の歌を歌っている事が嬉しくなりついつい話しかけてしまった。
するとギャルは顔を赤くさせてこちらを見る。
「い、隠キャも玄米好きなの?意外ね!!」
「そう?俺はあんまりアニメとかゲームに関心がないんだけど。」
「そうなの?オタクっぽかったからアニソンしか聞かないかと思ってた。」
ギャルのオタクっぽい発言に肩を落とす。
確かに隠キャだからと言ってオタクと一緒にされても困る。人は見た目で判断したらいけません!!
「……好きな人に教えてもらった歌手だからよく聞くようになったの。」
俺が口で言えないから心で叫んでいると、ギャルは小さな声でぽそり呟く。だが、その声は周囲の雑音にかき消され、俺の耳には届かない。
「えっ、なんて?」
俺がギャルに聞き返すと、彼女は真っ赤になりながらマイクを突きつけてくる。
「な、なんでもないわよ!!次、あんたの番でしょ?歌いなさいよ!!」
「……わ、わかった。」
俺は彼女からマイクを受け取ると、選択していた一番好きな曲のイントロが流れるのを聞く。
……よし、見てろ?本人ばりに上手く歌ってやる!!
別に目の前の彼女達にいい格好を見せようとしている訳ではないが、俺は意気揚々とマイクを持ち歌い始める。
だが、上手く音程が取れなかった……。
それもそのはず、生涯初のカラオケだった。
今までクラスメイト達の親睦会に参加することはあまりなかったから行く機会がなかった。
実際に歌ってみると、歌手の歌声に合わせて一緒に歌っている訳じゃないのだ。メロディラインが分からずに声がブレてしまう。
「ぷふふ。りっくん、音痴だったんだ〜。」
幼馴染みは俺の歌を聞いて揶揄うように笑う。
すると、アイドル様は何がに気づいたのか幼馴染みの顔をじっと見つめる。
「えっと〜、美内さんと海西君って知り合いだったの?」
アイドル様の発言に、他の2人も反応する。
「うん、幼馴染み〜。10歳までよく遊んでたの!!」
照れながらも関係を暴露する幼馴染みに場の空気が固まる。
「と、と言うことは……例の作家さんって海西君だったって事?」
アイドル様が震える手で俺を指差して言う。
……人を指差すんじゃありません!!
アイドル様の態度の豹変に戸惑いながらも、冷静に突っ込む。
幼馴染みはその言葉を聞くと、「うん……。」と、うなづく。その態度は再会した時からは考えられないほどしおらしい。
「その頃はアスの事、男だと思ってたけどなぁー。」
その変わりように戸惑いが隠せない訳じゃないが冷静に事実をつげると、彼女は「ちょっと〜!!」と俺を嗜める。
だが、その様子さえ気にくわないのか、重い空気がこの場から消える事はなかった。
「と、言う事は明日香の好きな作家さんって海西君だったの?」
ギャルが思い出したかのように、作家松平陸の事を俺に尋ねる。
その言葉に呼応するかのように、女子達の視線が俺を襲う。その瞳は三者三様に真剣だった。
異端審問と化したこの室内はもはやカラオケを楽しむ状況ではなかった。
……解せぬ。
「……まぁ、一応小説は出してるけど。」
彼女達が俺の事をどこまで知っているのかは知らないが、小説を出している事を話すと幼馴染みの目が輝きをます。
「えっ?それってすごい事じゃないですか?」
アイドル様が目を丸くして驚いている。
「まぁ、運が良かったと言うか……。」
「いや、そんな事ないよ!!あの作品はもっと人気が出るから、りっくん!!がんばって!!」
自信なさげに言う俺を見て幼馴染みは目の前のテーブルに手をついて喝を入れる。
……いやいや、その自信はどこから?それに一ファンであり、一友人でしかない彼女がどうしてここまで俺に入れ込むのかわからない。
ついつい口に出そうになる思いを飲み込み、ただ苦笑を浮かべる。
だが、その幼馴染みの言動に反応した奴が一人だけいた。
さっきまで歌の話で打ち解けかけていたギャルだった。
ギャルはいつの間にかデンモクで歌を入れたかと思うと俺にマイクを渡してきた。
「その話はまた今度!!せっかくカラオケに来ているから、もっと歌おうよ!!それよりリック。『打上げ幹事』は歌えるよね?一緒に歌うわよ!!」
『打上げ幹事』、玄米と女性ボーカルのデュエットソングで、当時ヒットした同名のアニメ映画の主題歌になった歌だ。打ち上げ幹事になった男女二人が、店選びや連絡係として時にぶつかり、時に励ましあいながらも問題の絶えない打ち上げを通じて恋愛関係になっていくと言う涙なしでは語れない不朽の名作だ。
上映当時ほんとに流行るのか疑問に思いながらも映画館に足を運び、まんまとその映画の虜になった記憶があり、その時から俺は玄米のファンになった。
だが、そんな解説をしている余裕など今の俺にはなかった。鋭い瞳でこちらを見つめながらマイクを差し出してくるギャルに少し恐怖を感じていたのだ。彼女の持っていたマイクがまるでナイフのように喉元に突き刺さっている。
再びどこかで感じたようなデジャブを味わいながらも、俺はあることに気がついた。
「……なぁ、出雲さん。何で俺のゲームのアカウント名を知ってるの?」
「う、うっさい!!どうでもいいでしょ?」
彼女は真っ赤になりながらマイクを放り投げると、モニターの方に視線を移す。
俺はその態度に疑問を持ちながらも、マイクの電源を入れる。
歌のイントロが流れてきてギャルは少しミュージックの音を上げた。
そして、モニターを見つめながら俺に対して言葉を掛ける。
「よくメロディを聞いてリズムを取ればちゃんと歌えるようになるから大丈夫よ。」
カラオケ初心者に対してありがたい助言を受け、言葉どうりに俺たちは歌い始める。
二人のデュエットが今、始まった。
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