第26話 アイドル様が彼を追いかけるはずがない

私達はその日を境に2人で勉強した。


川辺陸……。模試の判定書に書いてあった彼の名前だった。


根暗だけど真面目で人の話をきちんと聞く、良い人。そして時々間抜けな一面を持つ彼は

完璧な人間が集まる私に、これまでになかったタイプの人……。そんなイメージだった。


数学を教えながら私は彼に夢中になった。

きっと教えるのが楽しいだけじゃない何かがあった。


ある日、彼が初めて髪をかき上げた。

かき上げたとは言っても片方だけ。

私の方にある髪をかき上げたのだ。


髪のその奥に隠れていた真剣な瞳は眼鏡に遮られていたとしてもカッコよく見えた。


そして、ある事に気がつく。

彼は何も意識はしていないだろうけど、普段隠しているその瞳を私に晒すということは、少なからず私に心を許してくれているのだろう。


そんな気持ちになると嬉しくて堪らない。


その日が私にとって初恋に気づいた日になるなんて思いもしなかった。


1日1日、彼と話せない事に不安と寂しさを感じる。けど、会ってしまえばその不安は喜びに変わる。


そんな思いが交差する中で、私は一つのプレゼントを渡す。

長い前髪を纏める髪留めだった。


きっと彼は普段それを利用しない。

だけど、私といる間はつけてくれる。

そんな特別を噛みしめながら、私は彼に髪留めを渡した。


最初は戸惑っていた彼も、私との勉強の時だけつけてくれる様になった。


だけど、彼との別れは急に訪れる。


常にトップの成績を維持していたわたしだったけど、その月の期末でトップの座から陥落した。


その結果に対して両親は怒った。

やはり一般の塾はダメだ、もっと良い所に行かないと……と、言って即日退塾させられてしまった。


一度のトップからの陥落で激怒された事に腹を立てた私は、1週間学校をサボった。


何度も部屋の扉を叩く両親を無視して、私は密かに泣き続けた。


……彼に会いたい。


ただその事だけが脳裏をよぎった。

そして、私はある事を決意する。


彼と同じ高校を受験することだった。


今回の無断欠席でエスカレーターでの進学の話は消えた。


ならば自分の行きたい学校に行ってもいいじゃない!!親の敷いたレールの上を走るだけなんてこりごり……。


秘密裏に志望校を変えて、願書を提出する。

最初は両親に怒られてしまったけど、御門高校は行きたい学校とさほど格は変わらないという事で受験だけはOKが出た。


そして、そこは愛の力で合格する。


両親の本命だった高校の受験は何と体調を崩してしまい、落ちてしまった。


……嗚呼、カナシイナー☆


という事で見事、私は志望校の御門高校へ晴れて進学することができた。


両親には呆れられたけど、高校の制服が届いた時にはすでに私は舞い上がっていた。


だけど、この時の私は失念している事が一つあった。そう、彼が御門高校に入学できているかどうかを知らなかった。


入学式当日、私は急いで学校に行く準備を始める。塾仕様の姿ではない、きちんとした身なりで学校に出発する。


何より早くクラス分けを知りたかったのだ。


新しく始まる生活に胸を弾ませ、校門をくぐる。走る私の姿を新入生達が見ていたが今は気にしない。


学校の入り口に掲げられたは掲示板を見つけると、私は自分の名前を探す。


あった。特進クラスの1年A組だった。


「川辺、川辺、川辺……。」

そこには男子の名前もあり、記憶の中にある名前を探す。


しかし、そこには川辺の名前はない。

隣のクラスを見ても川辺の名前はなく、私は愕然とし、手に持っていた新品のスクールバックを落とした。


彼は、志望校を……落ちたのだった。


……こんなはずじゃなかったのに。


ショックを受けながらも入学式で校長の長い話を聞く。


式も終わりそれぞれのクラスに分かれていく。生徒達はそれぞれの席に座り、クラスの担任が自己紹介をするとそれぞれの生徒が自己紹介を始める。


ぼーっとその様子を興味なく見ていると、海西空ちゃんという可愛い女の子が自己紹介をしていた。


そして彼女が座ったとともに、次の生徒が立ち上がる。その後ろ姿に私は懐かしさを覚えた。


「……海西陸です。よろしく。」

手短に自己紹介をした彼が早々と座ってしまった。


私は一瞬、彼かと思ったけど名前が違った。

彼の名前は海西で、私が探していたのは川辺……。


その時点で彼とは違う可能性が高かった。

けど、確認しないと本人かどうかは分からない。


だけど、クラス会が終わると私の周りに人だかりができてしまい彼の元へは行けない。


チラチラと彼を見ながらも、作り笑いでその会話を乗り切っていると、クラスメイトの誰かが親睦会を行うと言い出した。


私は彼に近づけるかもと思って参加を表明したが……、彼は参加しなかった。


彼は後ろの席に座るクラスメイトに用事がある事を告げると、教室を足早に出て行ってしまう。


凹んでいた私に追い討ちをかける様に、親睦会ではクラスの男子達が私に話しかけてくる。


あまり男の子に免疫のない私は再び作り笑顔でその場をいなすと、女の子の集団の中に逃げ込む。


その女の子達の名前は海西空ちゃん、美内明日香ちゃん、出雲理沙ちゃんというクラスでも可愛いと評判な子達だった。


その子達はのちに私のライバルになる子だとは知らず、仲良くなってしまった……。

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