第25話 アイドル様は先生じゃないはずなのに
私はその日から、彼の隣で授業を受けるようになった。
彼は私に目もくれず、ただ黙々と授業を受けては休み時間も何かを書いている。
そんな人目も気にせず、勉強に打ち込む彼の事がどことなく気になる。
彼には彼の世界があることも理解はしているつもりだけど、隣に私が座っている事を知ってか知らずかこちらを気にするそぶりを見せない。
変装しているからとは言え、元々は注目を集める私が見えていないのかと思うと少し腹が立ってしまう。
それは理不尽な話であるが、持って生まれた性格は変えようがない。
そんなある日、こちらを見向きもしない彼を横目に「はぁ〜。」とため息をつきながら、私は授業を受ける準備をする。
が……しかし、鞄に入れていたはずのルーズリーフがない。
家から出る前にちゃんと確認したはずなのに、どこを探してもルーズリーフは見つからなかった。
すると焦りながら鞄を漁る私を彼が横目で見ていた事に私は気づいた。
彼と視線が合った(気がした)けど、彼はすぐにそっぽを向いてしまう。
その態度にイラッとしながらも、前後の人にルーズリーフを分けてもらおうとしたその時「あの……。」と言う声がとある方向から聞こえてきた。
その声の方を見ると、彼が私に向けてルーズリーフを差し出している。
別に声に出して探し回っていた訳じゃないのに彼はなぜか私の欲していたものを当てたのだ。
驚きと共に彼が私の様子を見てくれていて、困っている様から最適解を導き出してくれた事をなぜか嬉しく思った。
……えっ、ちょろイン?お黙り!!
彼から差し出されたルーズリーフを受け取ると彼にお礼を言おうとするけど、緊張して声が出ない。
「あっ、お、おおきに……。」
ようやく絞り出した言葉はなんと関西弁!!
……なんでよ、なんで関西弁なのよ、私!!
彼の突然の行動に驚いていた私はこの時、舞い上がっていたのかもしれない。
じゃないと関西弁なんて出るはずがない。
「ぷっ!!」
彼は咄嗟に出たお礼が関西弁だったのが面白かったのか、急にクスクス笑い出す。
「君って関西の人?」
落ち着いた彼が初めて私にちゃんと話しかけてくれた。
「生まれは関西やけど……」
笑われた事で真っ赤になった顔を手団扇で仰ぎながら答える。
「そうなんだ。俺も関西に住んでた事があるからなんか久しぶりに聞いたよ。」
「うちが住んでたんって幼稚園に入る前の話なんやけど、関西弁が抜けんくて……。」
……もちろん、嘘である。
関西に住んでいた事は事実だけど、すでに言葉は矯正済みだ。
この会話で、彼と共通の話題を得る事ができた私はあえて関西弁(のような言葉)で話したのだ。
「そうなんだ。俺は去年こっちに戻ってきたんだけど、久しぶりに聞くと懐かしいな。」
彼がそう呟くと同時に塾の講師が教室に入ってきたので私達は話を止める。
心中では彼との会話が途切れてしまった事を惜しんだけど、会話のきっかけができた事を喜んだ。
翌週、私は一冊の新しいルーズリーフを持って塾へと向かう。
お礼と称して、彼と話すきっかけができればいいと浮かれた気持ちでいっぱいだった。
教室にはいると、彼は来ていた。
すでに勉強をしていたので、私はいつもの席を陣取る。
「こんばんは。」
私が声をかけると、彼は驚いてこちらを向く。そんなに驚く事もないのに……。
私の顔を見た彼はぺこりと頭を下げて再び机に向かうが、私はせっかく話す機会を得たので逃すまいと慌てて準備していたルーズリーフを出すと、彼の方に渡す。
「これは?」
差し出されたルーズリーフを見て彼は疑問を口にする。
「先日のお礼です。あの時は助かりましたから。」
「お礼なんかいらないよ。ルーズリーフくらいで……。」
彼は遠慮したのか差し出したルーズリーフの束を手で押仕返してくる。
「それやとうちの気持ちが済まんからもらってくださいよ!!」
うちの家訓に借りはすぐに精算しろというものがあり、それに従い私も頑なに渡そうと奮闘する。
「いや、数枚渡しただけなのに一冊とか貰いすぎだから!!」
しばらくルーズリーフの押しつけ合いが続く。私も頑固なら彼も相当頑固だった。
「じゃあ、なんなら受け取ってくれるん?」
授業前には肩をつけたかった私は渋々ルーズリーフを下げて代替案を尋ねる。
彼はホッとして、何かの別の案を考える。
すると、数学のテキストを取り出して私に見せる。
「ここの意味が分からなくて悩んでたんだ。よかったら教えてくれ。」
恥ずかしそうに頬を掻く彼の姿と頼られた喜びで頬が緩む。
なんと言っても私は優秀なのだ。
もし仮に今の学校がエスカレーター校じゃなかったとしても確実に合格する自信はある。
「どれどれ〜?うちが見てあげよう!!」
得意げな顔で彼の示した問題を目にする。
そこにはさして難しくない問題が書いてあり、その光景をみて唖然とする。
受験前の時期に分からないと言っていていいレベルの問題ではない。
「えっ、なに?この問題がわからんの?」
私は驚きでついつい声を上げてしまった。
その答えに彼は凹んでしまう。
「数学は昔からどうも……。文系ならどうにかなるんだけど。」
彼は声のボリュームを下げながら話す。
「志望校はどこなん?」
「御門高校だけど……。」
「えっ、あの進学校の!?」
私は驚きを隠せなかった。
彼の志望校は県内でも有数の進学校だった。
最近までは女子高だったらしいけど、経営転換で少しの男子を入れるようにしたという話は聞いた事があった。だけど、その分男子の競争率は激しいらしい。
「ちょっと先日の模試の結果見せてくれん?」
私の言葉に顔を引きつらせながら渋々判定結果の書いてある。
判定……C。
まさに努力圏なのだ。
数学以外の点は良い方なのに、数学がまさに足を引っ張っている。
「分かった、今日からうちが教えるわ!!」
「えっ、マジ!?よろしくお願いします!!」
彼は嬉しそうに私の方を見つめてくる。
髪のせいで目は見えなかったけど、その視線にときめきを感じたのは気のせいではないだろう。
この日から、私達は2人だけの授業を始めた。
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