第36話 俺が女子達を泣かせるはずがない
「……ん、ここは。」
保健室のベッドの上で義妹が目を覚ました。
その様子を見た俺はほっと胸を撫で下ろす。
義妹は自分の今の状況がわからないのか、ベッドから起き上がると首を振り、周囲の様子を伺う。
「……空、起きたか?」
「えっ……?」
俺が声をかけると、義妹は戸惑いの表情でこちらを見る。まだ体調は優れないのか、顔はまだ赤い。
「な、なんであんたが居るのよ!!」
赤い顔のまま布団を体に寄せて俺が居ることを問いかけてくる。
「ごめん、俺が保健室まで運んだんだ……。」
俺は義妹に事の成り行きを大まかに説明する。
義妹が倒れた瞬間に俺は彼女に禁止されていた名前を呼んでしまった事、クラスメイトが担任を呼んできて、保健室に連れて行くように言われた後に横抱き……いわゆるお姫様抱っこでここまで連れてきた事、保健の先生に言われて両親を呼んでいる間の様子を見てほしいと頼まれた事について簡単に説明すると、彼女は「なっ……。」と言う声を上げたが、それ以上は何も言わず黙り込んでしまう。
「空、ごめん……。慌てていて空に言われたことを守れなかった。」
俺は空との約束を破ってしまった。
俺みたいな隠キャと家族なんて知られたくないはずなのに、クラスで義妹の名前を呼んでしまった。
後悔が胸中を襲う中、彼女は「馬鹿じゃない!!」と叫ぶ。
その瞳は涙で潤んでいて今にも泣いてしまいそうな顔でこちらを見ていたが、すぐに顔を伏せてしまう。
「もういいから出て行って。」
ぼそりと呟くような声で教室に帰るように言ってくる。
その言葉に俺の心は痛んだが、言われた通りに立ち上がると「ごめん」と言って彼女に背を向ける。
すると、「ねぇ……。」と言う声が背後から声がかかる。
普段なら取り付く島もない義妹自ら声をかけてくることにびっくりしながらも、その場に止まると彼女はか細い声で、言葉を続けた。
「ねぇ、なんでこんな私に優しくできるの……。」
いつもと違うどこか不安そうで、どこか強張った声が義妹の口から紡がれる。その言葉を受けた俺はしばらくその場で答えを考える。
「家族だから……かな?」
と言って、俺は彼女の言葉を聞くことなく離れて行く。
俺が去っていった後、義妹が保健室で泣いていたことを俺は知らなかった。
保健室から戻った俺を待っていたのはやはりクラスメイト達の質問の嵐だった。
「海西くん、海西さんと兄妹だったの?」や「なんでそのことを秘密にしてたの?」と言った声が四方から飛ぶ。
クラスメイトの質問に対して、「俺が秘密にしていてほしいと頼んだから。」と言うことだけしか答えなかった。
下手なことを言って義妹にヘイトがたまることを俺は恐れたのだ。
俺自身にヘイトが溜まることには慣れているが、義妹を巻き込んでまでの対処はできないのだ。
「もうその辺にしとけよ。家庭にはいろんな事情があるんだろう。」
クラスメイトの質問はその後も続きそうだったが、玄白がその質問を遮る。玄白の牽制するような眼光にクラスメイト達の質問の嵐は止む。
玄白の助け舟のおかげで俺はほっと一息つくことができた。
昨日からほっとできることがなかったので束の間の静けさが訪れる。
だが、放課後も事件が起こることを今の俺は知る由もなかった。
※
放課後、俺は一人教室から出て行る。
クラスメイトの視線はいまだに感じるが、誰も何かを聞きにくる事はなかった。
義妹はどうやら授業の途中で母が迎えにきたようで、すでに自宅に帰っていた。
俺は下駄箱で靴を履き替えて上履きを拾っていると、「ちょっと……。」と言う声が聞こえてくる。
俺はその方向に顔を向けると、目の前に幼なじみが立っていた。
その顔は何か尋ねたいような雰囲気を醸し出していた。
「何?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、時間……ある?」
その真剣な表情に一瞬たじろぐが彼女の聞きたいことがなんとなくわかった俺は「あるけど……。」と言うと、彼女は「付いて来て……。」と言って俺に背を向けて歩いて行き、俺はその後ろを黙って追いかける。
学校を出て、自分の通学路と反対の道をしばらく歩くと、とある公園へとたどり着いた。この公園は幼少の頃、俺たちがよく遊んでいた公園だった。
彼女はその公園のジャングルジムの近くに行くので俺もその後を追う。
すると、彼女はこちらを向いて、真剣な表情で俺に質問を始める。
「ねぇ、この公園……。覚えてる?」
「いや……。」
俺の返事を予想していたのか、彼女は「……嘘よ。」と呟いて、鞄から
スマホを取り出すと、しばらく何か操作してこちらにスマホを見せてくる。
そこにはもう一人の俺……作家、松平陸の姿が写っていた。
「昨日あなたの髪を切っていて気づいたの……。あなた、松平先生でしょ?りっくんなんでしょ?」
幼馴染は泣きそうな瞳でこちらをじっと見つめる。
その表情に対して彼女に嘘をついている事の罪悪感が生まれる。第一印象が悪かった……なんていうだけで嘘を突き通す事がいい事なのか分からず、しばらく黙ったまま時間が流れる。
「……ごめん。」
俺が決意を決め、彼女に本当の事を話そうとした矢先……。
「おい、てめえ!!ようやく見つけた!!」
と、背後から男の声がする。
その声の方を振り向くと、この前義妹に暴行を加えようとして、俺が返り討ちにした男達3人が7人の仲間を連れてこちらを睨んでいた。
「この前はよくもやってくれたな!!」
彼らの怒りに満ちた声が、俺と幼馴染に襲いかかって来たのだった。
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