第73話 俺がアイドル様を責めるはずがない……
学校にたどり着いた俺は、違和感を覚えていた。
靴箱に靴を入れ、教室へ向かい、自分の席に着く。それ自体はいつものことなのだが、教室の雰囲気が違う。
どこが違うか……、口に出して説明するのはどこか難しいが、クラスメイトの……いや、クラスの女子がどこかよそよそしい。
まぁ、それは俺にとっては特に問題はない。
最近のラブレターの山や、美少女3人+おまけ達の相次ぐ告白ラッシュが異常だっただけで、俺自身は以前の自分に戻っただけだからいいのだが、それ以上に俺に告白をしてきた連中の様子がどこか変だった。
いつもは4人で居る事の多い彼女達が、それぞれ離れて座っているのだ。
幼馴染はいつものメンバーとは違う子と話していて、ギャルは俺を見ると目を泳がせ、アイドル様はどこか右往左往している。
まぁ、昨日の今日だ……気まずいのはわかる。
出来る事なら俺も休みたかったが、義妹が学校に来ている以上、俺も逃げるわけには行かない。
だからこうして高校に来たものの、肝心の義妹は自分の席で俯いている。その姿を見ると、罪悪感に囚われてしまう。
だが、それを訂正する事はない。
俺は間違えていないと思っているからだ。
ただ、義妹とは席が隣である事が辛い。
髪を切るまでの気まずさとは別の気まずさがあるのだ。
「よ、陸!!おはよう!!」
「お、おはよう……」
朝からナーバスな気持ちな俺を知る由もなく、玄白が後ろの席から声を掛けてくる。
急に声をかけられてびっくりした俺は戸惑いながら玄白に挨拶を返す。すると、玄白は何かを察したのか、目を細める。
「……どうした?」
「いや、なんか今日は変だなと思って……」
玄白の何かを見透かしたような視線と発言に俺はドキッとする。そんなに表情に出ていたのか?
「な、何が?」
「いや……、なんか教室の空気がなんか変だとおもわねぇか?」
「別に……」
俺のことではないようなので、すっとぼけてみるが、内心はヒヤヒヤだ。
この空気の原因が俺である可能性が少なからずあるのだから、仕方ない。
「そうか?やっぱ……なんか変だ」
「どこが?」
感覚で変だと口にする玄白に対し、俺は空気を読めないふりをする……が、それは墓穴だった。
「どこがって、ほら……」
いまいち答えの定まっていない玄白はぐるっと教室中を見渡すと、俺を手招きし、そして軽く耳打ちする。
いつもならば、それを見た女子の一部が騒ぎ立てそうな光景なのだが、今日に限ってはない……。
それどころか、ますます声のボリュームを下げて何か話をしている。
まるで全てを知っているかのように……。
いや、玄白も全てを知った上で敢えて聞いているのではないかと疑いたくなる。
こいつがそんな真似をする訳が……あったわ。
ふと、脳裏に不良とのやり取りを思い出す。
不良との一件はやり方は間違えているとは思うが、あれ以来何もない……。
だから一方的に責める事はしないが前日の腹の底では何を考えているか分からなくなってしまった。
だから昨日のことさえも……
「クラスの空気が重い。特に女子連中……。例えば……」
俺の思考をよそに、玄白は再度クラス中を見渡す。そして、あろうことか義妹をみると、「……海西さんとか」名指しする。
名指しされた義妹はビクッと肩を揺らし、俺も少し焦る。
「き。気のせいじゃないか?」
「そうかぁ?他にも、美内さんとか冷泉さんとかも今日に限って……」
「気のせいだって」
昨日の当事者を次々に当てていく玄白に俺は恐怖を覚える。だが、気のせいだと言い張る俺に玄白はジロっと疑いの目を向ける。
その視線に俺の目は絶対に泳いでいたに違いない。それくらい、俺は動揺していた。
「そうか?ならいいが……」
玄白は動揺を見抜きながらも、話をはぐらかす俺に納得はする。いや、納得していないだろうが、渋々話を止めてくれた。
察しがいい玄白の事だ、これ以上の追求は無駄だと悟ったのかもしれない……。
それから授業が始まり、いつものように時間は過ぎていった。だが、クラスに蔓延るどこか重い空気は……変わらなかった。
そして1日の授業が終わり、俺は帰り支度を済ませる。教室を見渡すと、クラスメイトはすでに部活や帰宅し、一部の生徒しか残っていなかった。
あの四人組もすでに帰宅していて、残っているのはアイドル様だけだった。
いつもなら4人で一緒に帰る事が多い4人がアイドル様を除いて帰っているという事は、まだわだかまりがあるのだろう……。
そう思っていると、アイドル様がこちらに近づいてくる。その表情はどこか厳しく、何が言いたげだった。
「海西くん、ちょっといい?」
案の定、アイドル様は俺に声を掛けてくる。
表情から見るに再度告白……ではないな。
ならば昨日の件か……。
「ああ……」
昨日のことをぶり返される事に辟易しつつ、俺はアイドル様について行く。
行き着く先は前日告白された場所だった。
だが、今日は違う……。
「海西くん、昨日の件だけど……」
……やっぱりか。
アイドル様の話を聞いて、俺ははぁ……と、ため息をつく。
「あの振り方はないと思います……」
「…………」
アイドル様の言葉に俺は無言を貫く。
その様子を見て、彼女は言葉を続ける。
「彼女達だって胸に秘めた想いを勇気を出して言葉にしたのに、それを完全に否定するのは……かわいそうです」
……分かっている。
大人気ない事は分かっている。
ただ、何も言わずに取り繕って上辺だけの言葉で振るのは簡単だ……。
だけど、言ってしまった。言わずにはいられなかった。俺が子供だったのだろうが、取り繕う事は出来なかった。
アイドル様の厳しい視線が俺を刺す。その視線にふと、俺の中で何かが切れる。
「分かってる、分かってるよ。そんな事!!」
俺の怒鳴り声にアイドル様が肩を揺らす。
「俺だってあんな事はいいたくない!!」
滅多に出ない感情が……露になる。
「だけど、仕方ないじゃないか!!あいつらに、あの3人に何を言われてきたか知らない癖に!!」
昂った感情が頬をつたい、流れ落ちる。
それを見てアイドル様の表情が変わる。
俺の涙にあきらかに動揺しているようだ……。
自分でも情けないが、そんな事はお構いなく涙は溢れ落ちる。人に弱みを見せたくはないはずなのに……。
きっと、幼い頃から募り積もった感情が堰をきるように溢れ出したのだろう……。
『そんな事、あんたらに関係あるん?』
ふと、脳裏にとある人の言葉が浮かぶ……。
「俺にだって人を選ぶ権利はある……。何も知らない冷泉さんに踏み込まれたくない!!」
その言葉を口にした瞬間、アイドル様は戸惑いの表情から一変、驚愕の表情を浮かべる。
だが、その表情をみる事なく俺は踵を返して走り出した。これ以上、誰かに醜態を晒したくはなかった。
「あっ、ちょっと待って!!」
突然走り出した俺に向かって、アイドル様の呼ぶ声が聞こえてくるが、俺は構わずその場から逃げた……。
さっきの言葉は中学時代に塾に突然現れ、突然去っていった……すでに諦めてしまっている人の言葉だった。
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