第72話 俺が彼女達を罵るはずがない……
次の日、俺は一人で登校していた。
義妹は既に登校しているのだが、なんとなく顔を合わせ辛かった。
それはそうだ……。
昨日の今日だ、気まずいに決まっている。
俺は昨日、アイドル様以外の3人に答えを出したのだ。
※
「川辺君はどう思っているの?」
3人のやりとりに、アイドル様が答えを求めてくる。
その言葉を俺は無言で聞いていた。
俺を毛嫌いしていた義妹に理不尽な説教をしてくる幼馴染、そして見た目だけで暴言を浴びせてくるギャル……。
その3人に好きだと言われても……正直響かない。自分が悪いとしても彼女達の仕打ちを考えると……知り合い以上にはなれなかった。
「……3人の気持ちは嬉しいけど、俺は困るよ」
俺の言葉にアイドル様以外の3人は表情を変える。
「……どうして?」
悲しげな表情で義妹がこちらの顔を伺う。
他の2人も黙ったまま、俺の言葉を待っている。
「俺を嫌っていた人に突然好きだと言われても戸惑うだけだろ?」
「「「!!」」」
俺の発した言葉が図星だったのか、アイドル様を除いた3人が言葉を詰まらせる。
「……どう言う事なの?」
義妹が恐る恐る俺の表情を伺う。
「当然だろう?俺は君たちに嫌われていると思っていた。空、君は俺を最初どう見ていた?」
「そ、それは……」
俺の言葉に義妹はどこか気まずそうに目を逸らす。
「美内さんもどうだろう。俺はただ義妹を助けたいと思って力を振るった。それは正しい事ではない事は分かっている。だけど、家族を守りたいって思う事を責められるのは……辛い」
「……!!」
「君に正義があるように、俺にも正義がある。それを自分と違うからと言って否定するのは違っているし、そんな人は苦手だ!!」
「…………」
厳しい口調で幼馴染を責め立てる。
その一方的な物言いに幼馴染は押し黙る。
「リィサにしてもそうだ。君は俺がリックだと知るまでは散々に罵ってくれたよな」
思わぬところで自分が興奮していると我ながら思う。今日は恐ろしく口が回る……。
別に自分を好きだと言ってくれた人達に対して自分の心の内を晒す醜い自分が嫌になる。だけど、今までの事を考えると言わずにいれなかった。
「別に自分が人に好かれる人間だなんて思っていないし、嫌われても仕方がないとは思ってる。だけど、そんな俺を全否定する人を好きになると思うか?」
俺がギャルに言うと、彼女の中にどこか罪悪感があるのか、首を横に振る。
「君たちはそんな俺に好きだ言っているんだ。だけど、俺は変わっちゃいない。変わったのはただ髪を切っただけなんだよ」
そう言うと、彼女達は押し黙ってしまう。
これ以上言う事はない。
彼女達の事は嫌いだ……。自分の主観をぶつけて置いて、ある日を境に手をひっくり返す彼女達を好きになれなんてあまり嬉しくない。
だけど、そうはいいながらも彼女達と出かけたり、好意に気づかないふりをしながらもどこかで繋がっていたいと思う自分がいる事は確かだ。
義妹に幼馴染にアイドル様にギャル……。
高校では少なくとも美少女と言われる彼女達に好かれているという事は信じられない。
今日を逃せば生涯独身になるだろう。
だが、打算してまで俺を嫌っていた彼女達の中の誰かと付き合おうとは思わない。
だからこそ、今こうやって思いの丈をぶつけているのだ。離れるなら離れていけばいい……。
「だから、君たちの気持ちは受け入れる事はできない……」
……ははっ、何を偉そうな事を言っているんだ。
本音と建前が反対の事を言っている自分に自嘲をしていると、がちゃんとテーブルが音を立てる。
お通夜のような表情をした彼女達が俺を囲うように座っていたが、通路側に座っていた幼馴染が暗い表情で立ち上がったのだ。
立ち上がり俯く幼馴染の髪が肩から顔の方向に下がり、その表情を隠す。だが、その隠れた顔から覗く口元は唇を噛み締めていた。
「……美内さん?」
テーブルの音に驚いたアイドル様が顔を上げ、幼馴染に声を掛ける。
すると、幼馴染はアイドル様の声に反応する事なく、席から離れていく。
「み、美内さん!!」
その姿を見たアイドル様は幼馴染を追いかける。
俺も走り去っていく2人の姿を視線で追いかける。俺が原因で泣かせてしまった幼馴染に対して少し罪悪感を感じてしまう。
俺が追いかけるべきなのだろうが、そういうわけにはいかない。目の前にも俺が傷つけてしまった少女が2人いるのだ。
今、誰かを選ぶ事はできない……。
しばらく俺たちは黙ったままフードコートのボックス席に座っていた。2人とも顔を俯かせたまま動かないので、俺たちの座る席の横を他のお客が通り過ぎる。
その視線は女の子2人を泣かせる悪い男を見るようで正直辛い……。
そんな針の筵にいる空気を察したのか、ギャルは静かに立ち上がる。
「悪かったわね……。嫌いな人間が昨日みたいな事を言って……」
「違……!!」
立ち上がり、反省の弁を述べるギャルに言い訳をしようするが、彼女はそれを聞く事はなく静かに立ち去っていく。
この場に残されたのは俺と義妹……。
もうすぐ両親は帰ってくるだろうがかなり気まずい。まだ、自宅では2人なのだ……。
だが、このままここにいる訳にはいかない。
「……帰るか?」
俯く義妹に声を掛けるのも憚られるが、置いて帰る訳にもいかずに声を掛ける。
すると義妹は静かに頷いたまま立ち上がり、席を離れる。俺もその後を追いかけるように5歩後ろを歩く。
来た時とは違う雰囲気の義妹になんて声をかけていいのかわからない。
ただただ家に帰り着くまで、2人無言で歩いていた。そして、家に帰った俺たちはそれぞれに自室へと戻っていく。
義妹が自室のドアを開けた際に、小さく一言、「ごめんね……」と言って部屋へと入っていった。
義妹の姿を見送った俺も、とぼとぼと自室に戻りベッドへとダイブする。
……違う。俺はそんな事を言いたかった訳じゃない。
自分が口にしてしまった事に後悔がない訳じゃない。ただ、口から出た言葉はもう……戻らない。
後悔は……先には立たないのだ。
その晩は……今日起こった事の気疲れと後悔で食欲が湧かず、気づいたらそのままベッドで眠ってしまった。
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