第74話 俺が彼女を守れるはずがない……

俺は彼女から逃げ出すと、校門を出て家路を急ぐ。


だが、帰ったところで義妹と鉢合わせするのだから、億劫で仕方がなく途方に暮れる。


仕方がないので、俺は高校と自宅の間に存在河川に寄り道をする。もちろん何があるわけでもない。


ただの時間潰しだった。だが、今は誰とも会いたくは無かった。


河川敷の中腹に腰掛け、俺は鞄を漁る。

鞄の小さなポケットに入れてあるあるものを取り出す為だった……。


それは男の俺が持つには相応しくない物……髪留めだった。


幼馴染に髪を切られ、すでに無用の産物となったそれを取り出すと、俺は河川敷に寝転び、それを見つめる……。


「……ははっ、あの頃からなんも変わっちゃいねぇな」


髪留めを見ながら、今の自分と彼女と出会う前の事を思い出しながら、自嘲する。


……なぜ今になって諦めていた人のことを思い出したんだろう。


アイドル様に対して不意に出た記憶の中の彼女の言葉を思い返す。


『そんな事、あんたらに関係あるん?うちには人を選ぶ権利はある……。何も知らないあんたらにに踏み込まれたくないわ!!』


中学時代、俺が通った塾に途中から入ってきたとある女の子の言葉だった。


突然俺の目の前に現れた関西弁を話すその子は周りの子とは少し違っていた。


地味なメガネに目まで隠れる長い髪、なんとなく地味で変な子だなと言う印象を持った事を今でも覚えている。


だが、ひょんな事から仲良くなり、自然と勉強を教えてもらうようになり、よく話すようになったこの子との時間は俺の中で大切な時間だった。


そんなある日、俺の前に座っていた同じ塾に通う男女のグループがヒソヒソと話をしていた。


もちろん普段ならスルーをし、自分の世界に篭っていればなんの問題も起きないのだが、今日に限っては違った。


隣にはいつものようにその子が座る。

それは彼らとの接点を持つ事に繋がる事を俺は危惧していた。


いい意味でも、悪い意味でも……だ。

それがいい方向に転べば言う事はないのだが、所詮は隠キャな俺だ。そううまくは行くはずがない。


……彼女に害がなければいいけど。


などと、彼女に勉強を教わりながらも気が気では無かった。だが、俺が危惧していた事は現実となった。


いつもは話しかけてこないグループのリーダー格の男が突然振り向き、こう言ってきたのだ。


「ねぇ、君。そんな隠キャなんて相手にしてないで俺らと話さないか?」


「そうだよー!!」

にやにやと不敵な笑みを浮かべるグループのリーダーとそれに同調する女子たちが俺の隣に座る女の子に声をかける。


そんな言葉を投げかけられた彼女を俺はチラ見する。


それはそうだ……。彼らのように何気ない話をできる人達と話した方が楽しいに決まっている。陰鬱とした俺に付き合う言われはないはずだ……。


だが彼女は全くそれに動じる事なく、ただ黙々と次の講義を受ける準備をする。


「おい、何無視してんだよ」


「…………」

彼女に無視をされた男は不機嫌そうな態度を見せるが、それすらも彼女は無視をする。


「ちっ……、無視かよ?そんなにこの隠キャがいいのかよ?」

無視をされた男はバツが悪くなったのか、俺を一瞥し、悪態をつく。


「もしかしたら二人付き合ってるんじゃない?」


「えー、それなくない?あたしならこんなブサイクはお断りだよー」


「ねー!!」

男の不機嫌な態度に助け舟を出すかのように、取り巻きが突飛な事を言い始める。


もちろんそんな事実はないのだが、そんな噂を流されると彼女に申し訳なくなる。


俺みたいな隠キャと付き合うなんて、彼女達の言う通りごめんだろう……。


彼女から目を逸らし、俺は顔を俯かせる。

だが、そんな自虐的になっている自分を差し置き、ガタッ……と言う音が聞こえてくる。


その音に驚いた俺はその音の方を向く。

音の正体は驚く事に隣に座っていた彼女だった。


「そんな事、あんたらに関係あるん?うちには人を選ぶ権利はある……。何も知らないあんたらにに踏み込まれたくないわ!!」

彼女は表情を変える事なく、強い口調で前に座っていた集団に食いかかる。


その言葉に驚いたグループは目を点にして無言で彼女を見つめる。


「あんたらみたいに目標もなくただペラペラ喋ってるだけの人らとダラダラ喋っとるくらいなら、目的を持って真剣に何かに取り組んどる人とおった方が自分のためになるわ!!」

塾の教室ないに響くほどの声がこだまする。


もちろん彼女に注目が集まるのは当然だが、そんな事は関係なく彼女は続ける。


「誰が誰と付き合おうが、あんたらには関係ないやん!!そんな安い勘ぐりでうちらの邪魔をしないで!!」

そう言うと、彼女はハッと周りの注目が自分に集まってきた事に気づくと、そそくさと席に着く。


グループの連中は彼女に気圧されたのか、「隠キャのくせに……」と言って前を向く。


席に座った彼女を俺は横目で見る。

彼女の耳は真っ赤になっていて、恥ずかしさを物語る。


「……ごめん」


「えっ、あ、気にせんといて。自分が思ってる事を言っただけやから!!」

俺は一言彼女に謝るが、彼女は赤い顔のまま平気だと話す。


何も言えずに黙り込んでいた俺とは違い、自分が考えている事をはっきりと言える彼女を見て俺は自分が恥ずかしくなる。


おそらくこの塾では明日以降、俺たちの噂で持ちきりになるだろう……。


そんな時に今のままでは彼女を守れないだろう。むしろ、彼女に守られるだけの存在に成り下がる恐れがある……。


「どうしたー?授業を始めるぞー!!」

俺たちの一連のやり取りでざわめく教室内に塾の講師が入ってきて、授業が始まった。


その事でクラスの関心が授業に移る。

だけど、やはり教室内のざわめきは止まらなかった。


授業を受けながら、俺はチラリと彼女を見る。

長い髪と、大きめなメガネが視界に入ってくるなか、俺は決心する。


……彼女を守れるくらい強くなろう。


だが、次の塾に彼女は来なくなった。


その日、俺一人で座る席の隣をソワソワしながら待っていたが、来なかった。


「やっぱ、隠キャは嫌だったんじゃない?」

誰かが……小声で呟く。


それはそうだ……何もできなかった俺に愛想を尽かしたのだろう。


それ以降、彼女は塾に来る事はなく……、俺は彼女を諦めた。


好きとか嫌いとかではなく……初めて隣にいて欲しい存在だった彼女の事を……。

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