第6話 学園のアイドルと会ったことがないはずなのに

俺は図書室で本を読みながら、今朝の幼馴染とアイドル様の話を聞いて女子の考えている事に恐怖を覚えていた。


やはり、人に深く関わるのはよそう……。

高校入学一週間にして、俺はぼっちになる事を決意する。


ただ、ぼっちとは言っても玄白の様な男子生徒には最低限のコミュニケーションを図ろうとは思うけど、時間があればこうやって図書室で本を読む。


眼鏡にかかる長い前髪を掻き分けて髪留めで留める。この髪留めは中学時代に通っていた塾で一緒に勉強をしていた子にもらったものだった。


俺がゆっくりと本を読んでいると、カラッと言う音が聞こえた。俺はその音の方向に視線だけを向ける。


そこにはクラスのアイドル様が図書室のドアの前に立っていた。

彼女は周囲を一通り見渡すと、書架のほうに向かっていく。


彼女が俺に気づいていない事にホッと一息ついて、再び本に視線を落とす。


彼女がこちらに気づいたとて俺に話しかけくるはずもないので、自意識過剰の自分に嫌気が差す。

だが今朝の件を片耳に挟んでいるから彼女に関わられる事が怖い。


だから本を読みながら、彼女に気づかれない様に必死に息を殺す。


しばらくは静かな時間が過ぎていく。

彼女はすでに用を済ませ、帰っているに違いない。

安心した俺は本に集中する。


ペラリ、ペラリと読み進めていくうちに、本の世界にのめり込む俺は、ガタリと椅子が動く音がしたのも気がつかなかった。


そこにアイドル様がこちらを見ながら、椅子に座っていた。机を挟んだ席2つ分のスペースにしばらく沈黙が続く。


「あの……、すいません。」

俺が本を読み進めていると、突然アイドル様から声がかかる。


「はっ、はい!!」

その声に驚いた俺は持っていた本を手の中で泳がせる。そして手で弾いてしまった本が彼女の方に飛んでいく。


その様子を見てアイドル様は落ちてしまった本を拾う。そして、落ちてしまった本を俺に微笑みながら手渡してくる。


「あっ、ありがとう。」

戸惑いながらも、俺は差し出された本を受け取る。

天使の様な微笑みながらを浮かべる彼女の顔から俺は目を逸らす。


俺はその視線、その心の奥底が恐ろしく思ってしまう。何を考えているのかわからない。


すると、彼女は俺の顔をまじまじと見る。

クラスでも顔を合わせているはずなのに……。

いや、俺みたいな目立たない奴の顔をアイドル様が覚えているはずがない。


ただ、彼女はボーッと俺の顔を見続けていた。


「あの……、もしかして川辺君?」


「はい?」

彼女は僕の名前を呼んできた。

いや、僕の名前と言っても今は違う。


かと言って、俺の親父の姓でもない。

この姓は母方の旧姓だった。


とある事情があって母親が再婚するまで川辺を名乗っていた。

だから未だに海西より川辺の方が慣れていてついつい反応してしまうのだ。


だが、俺は入学以前にクラスのアイドル様にあった事がない。

だが、彼女は俺の旧姓を知っていた。


……なぜだ?なぜアイドル様が俺の旧姓を知っている!!


「えっ、あ、その……」

頭が混乱し出した俺は人違いとも言えずどもり出す。


その様子をどこか愛おしそうな目で見つめるアイドル様が、「あっ。」と何かに気づいた。


その視線に猜疑心が増した俺の混乱はピークに達し、何も話せなくなる。


どんだけ女子に耐性がないのかと思うが、俺みたいな思春期の隠キャ男子が女の子にじっと見つめられて平気でいれる方がどうかしているのだ。


しかも、それがクラスのアイドル様ともあろうお方なら尚更だ!!


俺が緊張していると、彼女はゆっくりと右手を伸ばしてくる。


その手の動きを見て緊張感がMAXになった俺の頭はショートして身体が固まってしまう。


彼女の手が俺の頭に触れた。

俺の髪の毛に彼女の柔らかそうな手が触れる。


警鐘を鳴らす様に鳴り響く心臓の音が煩い。

俺の体の全神経が彼女の掌に集中する。


「……これ。」

突如、アイドル様が声を上げる。


その言葉に俺の意識は引き戻された。

彼女の視線が食い入る様に俺の顔を見ている。


……視線が痛い。恥ずかしい!!

そう思った瞬間、俺の身体は勝手に動き出す。


勢いよく席を引き、立ち上がる。

もちろん俺の髪に触れていた手の感覚も遠のき、彼女は「あっ。」と、名残惜しいそうな声を上げる。


立ち上がった俺は同時に踵を返し、アイドル様の入ってきた方向へと走り出す。


その瞬間、俺は足をもつれさせ勢いよく転倒してしまう。


その光景を見た彼女は慌てて近づいてきて、「大丈夫?」と心配してくれた。


だが、一連の出来事とコケてしまった恥ずかしさで生きた心地はせず、「大丈夫です〜!!」と言って、彼女の心配を振り切って図書室から逃げ出してしまう。


その様子をしばらく唖然としていたアイドル様が、嬉しそうに微笑んで「……見つけた。」と喜んでいた事を等の本人は知る由もなかった。


教室に戻った俺は髪留めを外して前髪で目を隠す。

やっぱり人の目を見るのは怖い。


アイドル様の一連の行動に戸惑いながら、俺は自分の鞄を取りに教室に戻る。


教室に入った俺の視界に1人の少女が入ってくる。少女はじっとこちらを見ていた。


「うわっ、隠キャじゃん。キッモ!!」

その声に気づいた俺は、その方向を見る。


そこには夕陽に照らされたもう1人の美少女がいた。


その子の名前は出雲理沙。


少しヤンキーの様な雰囲気を持つ少女で、少し性格がきつい為にクラス3大美少女には入れなかった美少女だ。

だが、その容姿は他の3人にも劣らない美少女だった。


その美少女はなぜか俺を敵視していた。

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