第19話 幼馴染みは彼の存在に気づくはずがない

私は海西くんに盛大な勘違いをしてしまったことに恥ずかしく思いながら、自分の席に戻る。


わたしが机に腕を置いて両手で顔を隠していると、中学校の頃からの友達が声をかけてくる。


「ねぇ、明日香。明日のお休みってなんか用事ある?どこか行かない?」

その声に私ははっと明日の予定を思い出す。そう、明日は待ちに待ったあの日なのだ!!


「ごっめーん!!明日は用事があって出かけないといけないの!!」


顔の前で両手を合わせていけない事を告げると彼女は「そっか〜。じゃあまた今度ね。」

と言って、その場を離れていった。


誘ってくれたのに断ってしまった事を申し訳なく思いながらも、明日のことを思い出させてくれた友達に感謝する。


そう、明日は松平陸先生のサイン会が行われる日だった。


その事を思い出すと、さっきの心配なんてすでに過去のもの。頭の中は、明日何を着て行き、何を話すかでいっぱいになった。


もしかしたら本当に幼馴染かも知れないと思うと胸がときめき始めた。クラスメイトの中に当の本人がいるとも知らずに、明日の事で脳内は埋め尽くされていた。


翌日、わたしはお気に入りのワンピースで目的地へと向かった。


昨晩、ドラマやアニメで良くある着て行く服を吟味するのに時間を費やし、バッチリとメイクまでした事は言うまでもない。


……デートに行くわけじゃないのにって?うるさい。

運命の人かも知れない相手に会いに行くのだ。このくらいはして当然!!


ルンルン気分で街へと繰り出したわたしだったけど、普段あまり行かないところなので見事に道に迷ってしまった。


開始時間もギリギリに目的地には着いたものの会場である本屋さんのフロアーで再び迷う。

階の案内図で確認した本屋とは反対側にあるトイレが見えてきたのだ。


……えっ、方向音痴?黙れ!!


時間も差し迫っていたけど、とりあえずトイレで化粧直しをする。少し早足で歩いていたから服装も崩れていないか確認し終わるとトイレから早足で出て行く。


すると、男子トイレから出てきた男の子とぶつかった。その拍子にわたしは尻もちをついてしまった。


「あいたたたっ……」


「大丈夫ですか?」

わたしがお尻をさすっていると、男性は優しく手を差し伸べてくる。


「すいません、急いでいたもので……。」

わたしは謝りながら男性の手を掴むとゆっくりと立ち上がる。


そして、起こしてくれた人の顔を見る。

その顔にわたしは見惚れてしまった。


肌は綺麗に整えられていて、目も大きい爽やかな青年が目の前に立っていたのだ。


……かっこいい!!

わたしの目がハートマークになっていないか心配になるほど、彼の顔はわたしのタイプだった。


「……あの。」

わたしの視線に不快感を覚えたのか、彼は静かに声を上げる。


「えっ、あの。すいません。本屋さんに行こうと思ったんですけど、迷ってしまった上に緊張しててお手洗いに行ってたらさらに迷ってしまって……。」

わたしは彼の声で我に帰ると両手をふりながら、なぜかことの顛末を説明する。


この時のわたしはだいぶ混乱していたようだったけど、彼はその様子を見て頬を緩ませると、「じゃあ、僕も同じ方に行くんで一緒に行きますか?」と言ってくれた。


「いいんですか?」


「はい、案内しますよ?じゃあ、行きましょうか。」

わたしが驚きの声を上げて聞き返すと、彼は優しく案内を申し出てくれる。


そして、歩き出した彼の数歩後ろをついて行きながら、彼のその紳士的な対応にわたしの心は乱される。


まだ若そうだけど、いかにも大人の男性のような雰囲気を醸し出す彼が、わたしの目にはまるで王子様のように映った。


「ここが本屋ですよ。道に迷わない様に気をつけてくださいね。」

急に立ち止まった彼がわたしに笑顔で目的地を伝える。


「えっ!?」

彼の声にわたしはと挙動不審な動きをしてしまう。前も見ずに彼の後ろ姿ばかり見ていたせいで肝心の本屋が目に入っていなかったのだ。


案内してくれた彼が不思議そうに首をひねる姿を見て、とっさに私は「ありがとうございます。お礼を!!」と告げる。


「いいですよ。じゃあ、僕はこれで。」

彼はそう言うと、足早に本屋の中に消えていった。


わたしはその後ろ姿を目で追いながら、彼のカッコよさとスマートな対応に感動していた。


だけど、それ以上に驚いたのはサイン会の壇上に上がった作家が彼だったことだった。


高校生作家としてデビューした彼だったけど、その対応はどこか落ち着いていて同年代とは思えないほど、人前で落ち着いていた。


その姿勢を見た私は彼に勝手に運命を感じてしまっていた。

しかも、彼の話では未だに彼女がいないと言うことだった。


どこまでも脳内お花畑の私だったけど、サイン会が始まると急に緊張してしまった。

彼の書いた本を片手に持ちながら、なにを話そうか考えているがまとまらないまま、順番が差し迫ってくる。


そして、ついに私の順番が回ってきた。

緊張がMAXまで達した私は思考回路が停止する。


「また会いましたね。まさかきてくれるとは思いませんでしたよ。」

そんなわ私を見て、彼はにこやかに話しかけてくれる「あっ、あの。先程はありがとうございました!!まさかあなたが松平先生だとは知らず、私、私。」

その言葉に舞い上がってしまった私は緊張の糸が切れたのか、堰を切ったように早口で話し出す。


「仕方がないですよ。僕も初めてのサイン会なので気づかないのは当然ですよ。」

彼はそんな私の姿にたじろぎながらも優しく言葉を返す。


「いえ、私はweb小説の頃から拝見していたので、今日お会いできて嬉しいです!!」

私が持っていた本を手渡すと、彼は丁寧な字でサインを書いてくれた。


サインを書き終わると、彼は私にサイン入りの本を差し出す。

「私と同い年の先生の作品、今後も楽しみにしているので頑張ってください!!」

サイン本を受け取ると、私は喜びが爆発し彼の差し出してきた手を握り返して思いの丈をぶつける。


その言葉に彼は笑顔で「ありがとう。」と私の手を優しく握り返してくる。


だが、至福の時は刹那に過ぎていく。わたしの順番が終わってしまった。


彼の手を離すのは惜しかったけど、反対の手に持っていたサイン本を眺めながらわたしは彼の名前を呼んでみる。


「松平……、りっくん?」

あえてあだ名で呼んだのは彼が幼馴染みであって欲しいと言う願いからだった。


「ん?」

と言う声と共に彼がこちらを向き、目があう。

その視線をみてわたしはもしかしたら本当に彼が幼馴染みではないかと言う思いが強くなった。



だけど、確かめる術もなくわたしはスタッフに背中を押されて退場させられる。だけど、確かめたいと言う思いが強くなったわたしの目線はしばらく彼のことを捉えていた。


だけど、その日のサイン会で事実を確かめることはできなかった。






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