第76話 義父と争うはずがない……

パソコンの置いであるデスクの椅子に座る俺とベッドに座る義父……、何もないのに緊張感が漂う室内に時計の音だけが響く。


何を言っていいのか、何を言ったらいいのか分からず戸惑う俺をよそに、義父は平然と俺をみていた。


何か怒られるのではないか?そう思うが、何がした訳ではない。いや、昨日の件が知られ、それが原因で「うちの娘が不満なのか?」などと怒られるのではないかと、内心ヒヤヒヤする。


ゴクリ……。俺が喉を鳴らしていると、彼は一言、二言話し始める。


「……この2週間はどうだったかね?」


「えっ、あ、いや、まぁ……」

楽しかったなどとは言えず、お茶を濁す。


「……正直に言ってくれて構わないよ?」

にこやかな笑顔の裏にものすごく圧を感じる。


「…………」

結局、俺は何も言えず、ただ黙るしか出来なかった。その様子をみて、義父ははぁ……とため息をつく。


何かを察しているかのように。


「やはり……か」

諦めたかのような口調で、彼は言葉を続ける。


「いや、もしかしたらとは思っていたが、そう上手くはいかないな」


「何がです?」

的を得ない義父の言葉に俺は疑問を投げかける。


「君なら……あの子と同じ名を持つ君なら、空も心を開くかと思ったんだが……」


「どういう……」

義父の言葉の意図が分からず、聞き返してみると彼はにこやかな笑顔の裏に暗い影を見せる。


「海西陸……」

義父が、今の俺の名を口にする。

だが、それは俺ではない事は明白だった。


同じ名を持つ……と聞いて俺はハッと何がに気がつく。義妹に兄がいた事は知っていたけど、名前までは知らなかったのだ。


だから義父が俺と同じ名を口にした瞬間に、俺は察した。


「あの子には同い年の兄がいた事は知ってるね?」

義父の言葉に俺は小さくうなづく。それをみた彼は話を続ける。


「海西陸……君と同じ名前を持った子で、空の双子の兄。あの子は兄が大好きだったんだ」

昔を思い出すように遠い目をする義父に、俺は黙ったまま話を聞く。


「だけど、あの子は死んだ。事故で……だ」

今にも泣きそうな声を必死に堪えながらも話続ける彼に俺はどう反応すればいいのか苦慮する。


もちろん、関係ありませんと吐き捨ててしまえばこのつまらない話は終わる。だが、それはできない。


彼には彼の過去があり、それを否定するほどの腐った性根は持ち合わせていない……。


「あの日……事故で兄を失い、母親まで亡くして、傷ついたあの子の傷を私は癒すことができなかった。それは今も変わらない」


「それは……同情しろって事ですか?」

俺は睨むような視線で義父を見つめながらいう。いや、実際には睨んでいたのかもしれないが、彼女の仕打ちを考えれば当然か……。


俺の脳裏に天使と悪魔が囁く。

偽善だとしても、彼らの気持ち寄り添ってあげれればいいのかも知れない。だけど、そこまで俺はズルくもなれなければ大人にもなれないし、彼女のした事を許す事は出来ない。


だが、義父はそれを知らないだろう。

だからこそ、俺は嫌悪感を露わにする。


すると義父は肩を縮こませる。


「いいや……、そうじゃない。ただ、私たちが一つの可能性に賭けただけだよ」


「可能性?」


「君たちを一番見てきたのは誰か分かるかい?」


「……母です」


「そう。君を一番よくみていたのは君のお母さんで、空を見てきたのは私だ」


「…………」

義父が何を言いたいのか、分からなかった。


「君たちのいい所も、悪い所も聞いている。君の過去もお母さんから聞いているし、あの人に空のことを相談したこともある」

そう言うと、義父は真剣な面持ちでこちらを見る。


「君が人間不信で、頑固で……家族思いだと言う事もね。だから、空の理解者になって欲しいとも思ったんだ」


「そんな理由で母と結婚したんですか!?」

父の話す言葉を聞いて、俺の中に怒りが込み上げ……爆発する。


義妹を更生させるダシに使われているようで気分が悪かったからだ。


だがそんな俺の言葉に義父はただゆっくりと首を振り、再び俺の目を見て話を続ける。


「いいや、そんな事はない。私は彼女を愛している。死んだ妻や、息子。それに空と同じように愛している。もちろん……君のこともだ」


愛している……言うのは容易いが、なんとも胡散臭い言葉なんだろうと思う。だが、それを彼は何の迷いもなく言ってのけた。


その言葉の重みは今の俺には理解ができない。

彼が言う愛の中に自分が入っている違和感とどこか言いようのない感情が込み上げてくる。


「だが、君を死んだ息子と重ねている部分はあるのは事実だ。いくら消そうと思っても、君に陸を見てしまうんだ……」

ほろり……義父の瞳から一筋、光るものが見える。彼もまた、感傷的になっているのだろう。


「親とはいっても一人の人間だ。弱い部分もあれば、誰かに頼りたい時もある。だけど、仕事をしなければ生きてはいけない……。そんな時に彼女に……君のお母さんに出会った。もう一人の……かけがえのないパートナーだよ」

義父は涙を拭い、黙ったままの俺を見つめる。


「今の空を見て君はどう思う?」

その言葉を聞いて俺は返答に困ってしまう。


「正直に言ってくれていい……」


「……正直、俺は彼女が怖いです。出会った時から、散々辛い事を言われてきました」


「そうか……」

泣きそうになっている俺を見て、義父は「すまない」と俺の前に来て頭に手を置く。


もちろん言うつもりはなかった。自分が我慢すれば済む話だと思っていた。だが、いずれは限界が来る。


いや、とうに来ていたのかもしれない……。

だからこそ、彼女の実父である義理の父に本音をぶつけられたのかも知れない。


「それこそ、彼女の悪い所だ。それを直さなければいずれ痛い目を見るのは彼女だ。それに……君もだ」


「えっ?」


「君の悪い点……。自分の考えを曲げず、貫き通す事は素晴らしい事だ。だけど、それだけでは人は生きてはいけない」


「…………」


「お母さんが、悩んでいたよ。小さい事でも自分の意思を曲げない。反抗期になって話もろくにしなくなったって。だから周囲から煙たがられることが多いんじゃないかって」


「……そんな事は」

と言いかけて、俺は言葉に詰まる。


思い当たる節がない訳ではない。

髪のこともそうだ……母は切れと言っていたが、そうしなかった。


それは家計のためと言いながらも、心の片隅で自分を晒す事を怖がっている……その言い訳に過ぎないのではないかと感じてしまう。


だけど……。


「他人を思いやり、他人と歩調を合わせる……それができなければ、苦しい時に誰も助けてくれる人はいなくなる。だから、仕事に託けて二人っきりにしたんだ。二人で協力していれば、少しは変わると信じて。それが正解かどうかは分からない……だけど、可能性に賭けてみたい。そう思ったんだ」

そう言うと、義父はゆっくりと立ち上がる。


「だけど、逆に君に苦労をかけてしまったみたいだね……」


「…………」

否定も肯定もできずに俺は黙り込む。


「一度はお母さんと別れようかと悩んだ時期もあった」


「そんな……」

義父の言葉に絶句する。自分たちが原因で、再離婚も視野に入れていたとは思っても見なかったからだ。


「だけど、私にはそれは選べない。さっきも言った通り、私は彼女を愛している……。だから……」

その言葉の後に続く言葉に、俺はしばらく悩む日々が続く。


希望が叶ったはずなのに……。

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義妹や幼なじみや学園のアイドルに嫌われているはずなのに、彼女達の話は俺の噂で絶えない 黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名) @320shiguma

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