第43話 腰巾着が敵のはずがない……
ニヤリと笑った玄白に俺は軽く恐怖を覚える。
もちろん、こいつが裏切ると思っていなかったこともあるが、クラスメイトを裏切って何の得があるのかわからない男じゃないことは分かっているから余計に何を考えているのかわからない。
「おい、腰巾着!!ほんとにヤって良いんだろうな?」
不良のリーダー格の男が卑劣な笑みを浮かべて玄白に対して尋ねる。
すると玄白は、「はい。」と笑いながら言う。
そして付け加えるように小声で、「できるものでしたら……。」と呟いていたが、俺と不良にはその声は聞こえない。
玄白の発言がいまだに信じられない俺は近づいてくる不良から義妹たちの盾になるので精一杯だった。
「怖いよ……、お兄ちゃん。」
義妹が俺の後ろで俺に助けを求める。
いや、おそらく俺じゃないことは分かっている。
お義父さんから義妹には兄がいたことは聞いたことがあったから、きっとその人のことだろう。
……なんとかして、彼女たちを守らないと。
俺は玄白達が裏切った今、孤立無縁の状態でなお、必死になって現状の打開策を練る。
だが、近づいてきた不良に髪を掴まれてしまう。そして頭をぐいっと持ち上げた不良は俺を睨みつける。
玄白の後ろでは不良達の嬉しそうな声が聞こえてきたが、前に進もうとする2人の進路を玄白は妨害しているのが見える。
「この前はよくもやってくれたな……。痛かったぜ?ヒョコヒョコついてきた女どもと一緒に可愛がってやるから覚悟しろよ!!」と言って、腕を振り上げて俺の顔を殴ろうとする。
……その瞬間。
「おい、玄白。来てやったぞ……。」
と言って、敵に回ったはずのサブとモブの間からその場にいた奴らの声とは違う声が聞こえてくる。
玄白もその声に呼応するように、「あ、お疲れ様です。美内さん!!」と言って、声の主にお辞儀をする。
殴られかけていた俺と、殴りかかってきていた不良はその声の主の方向に目をやると、そこには二人の金髪の男が立ちはだかっていた。
「龍にい、虎にい!!」
俺の後ろでギャルを守ろうとしていた幼馴染みが驚きの声を上げて二人を見る。
……?龍にい?虎にい?確かに美内という名前だが。何者だ?
幼馴染の声に俺は現状が把握できずにいると、俺を殴ろうとしていた不良がガチガチと歯を鳴らして怯えだす。どうやら恐怖で声も出ないらしい。
「ん、明日香か?何でこんなところにいるんだ?」
「龍にい、こいつらが私たちを襲おうとしていたんだよ!!」
幼馴染みが龍兄と呼ばれる人間に起きていたことを話すと、龍兄は般若のような顔で不良たちを睨みつける。
「本当か?玄白……。」
おそらく虎兄であろう男が低い声で玄白に事情を尋ねる。
すると、玄白はニコリと笑いながら「はい!!」と明るく答えてのだ。
それを聞いた取り巻きの不良は脱兎の如く逃げ出し、不良のリーダー格は顔面蒼白になりながら玄白の方を向く。
「な、何言ってやがんだこら!!本来ならお前が俺を呼び出して……。」
「できるものでしたらと忠告はさせていただいたはずですが……。そもそも、美内さんの妹さんに手を出そうとした時点であなたは詰んでいるんですよ……。」
玄白が冷酷な表情で笑うと、不良は「うぐ……。」声を出せなくなる。
「何だと!!お前、俺たちの可愛い妹に手をあげようとしたのか、ゴルァ!!」
龍兄と呼ばれた男が怒りをあらわにする。
その怒りの表情に不良は縮こまり、睨まれてもいないはずの俺まで恐怖を覚える。
「まぁまぁ、兄さん。今日のところは未遂だし、許してやろうよ。」
とら兄と呼ばれた男がたつ兄の肩を持つ。
「あぁ?俺たちの可愛い妹が怖い目にあったんだぞ?許せるのか、虎!!」
止められたたつ兄は一般人なら失神してしまいそうな顔でとら兄を睨む。
「許せるわけないだろ?本来だったらこの場で半殺しだよ……。だけど、ここには飛鳥がいる。」
とら兄がたつ兄の肩を持ったまま首を横に振ると、たつ兄は「あっ……。」と言って幼馴染の方を向く。
俺も同じ方向を見ると、助けてもらった感謝と暴力に対する否定感が混在する複雑な表情で兄たちを見ていた。
「ちっ、命拾いしたな……。」
幼馴染の方から顔を逸らしたたつ兄がつまらなそうに不良に呟く。
その様子に不良はほっとした様子だったが、その様子を見たとら兄が、不機嫌そうな表情で不良に近づくと、その髪を持って不良の顔を見る。
「おい、今回は妹の顔を免じて不問にしてやるが、今度妹にこんな真似してみろ……。全力でお前を潰す。」
今にも殴りかかってもおかしくない迫力のとら兄に幼馴染は「や、やめて、とら兄!!」と慌てて声をあげる。
その声を聞いたとら兄は不良の髪から手をはなすと、「ちっ…。」と舌打ちし不良から離れていく。
不良は手が離れると同時に仲間たちの逃げて行った方向に踵を返し逃げようとするが、玄白が笑顔でその逃げ道を塞ぐ。
「な、お、おい腰巾着。邪魔だ、どけよ!!殴られたいのか!?」
と慌てた様子で玄白にすごむが、たつ兄が「ああ?」と一喝するとその声で縮こまる。
その様子を見た玄白は不良の肩を持ち、俺たちの方向に顔を向かせる。
そして俺たちの顔を順番に覚えさせると、こう呟く。
「今後、こいつらにちょっかい出してみろ。美内さんだけじゃなく、俺たちも容赦しねぇよ?」
玄白の表情は冷酷そのものでだった。玄白のこの表情を俺はいまだに見たことがなかったので背筋が凍ってしまった。
……玄白が敵に回らなくてよかった。
心の中で彼が裏切っていなくてよかったと胸を撫で下ろしていると、不良は「わ、分かった!!」と言って今度こそ脱兎の如く逃げ出してしまった。
緊迫した空気からようやく解放された俺たちはそれぞれにため息をつき、女子たちは力が抜けたかのように地面にへたり込む。
その様子を見て、俺もほっと緊張の糸が解れてその場に座り込み玄白を睨む。
「おい、玄白!!お前、裏切ったと思ったぞ。モブもサブも!!」
恨み言のように3人に文句を言うと、玄白はニヤッと笑う。
「いやぁ、すまんすまん。こうでもしねぇと、奴らが俺の言葉に乗るかどうか分からなくてよ。あいつらの狡賢さと執念深さはここいらじゃ有名だから、あいつらがそれ以上に恐る人をぶつけるのが一番早いと思ってな……。」
そういうと、玄白は美内兄弟のところに歩いていく。
俺もその様子を見て立ち上がろうとすると、誰かが俺の服の裾をひっぱる。
その引っ張られた裾の先を見ると、義妹が怯えた表情で掴んでいた。
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