第61話 義妹が俺に寄り添うはずがない…….

逢合さんとの付き合いはまだ短い。

春先に萌生さんと担当が変わり、数回しか会っていなかった。


だけど、彼女から教わったものは色々あった。

小説の事や家の事、そして将来の事を親身になって相談に乗ってくれる彼女に憧れた。


時には厳しく、時に楽しく、そして何より優しい彼女の笑顔に惹かれていたのは間違いのない事実だろう。


だけど、俺は気づかない方がいい事実を知ってしまった。


……彼女の心には何者も入り込むことのできない巨大な存在が棲んでいたのだ。


別にフラれた訳じゃないにも関わらず、その目には見えない存在に圧倒された。


その存在は俺が慕ってきた萌生さんですら何年間も踏み込む事はできずに、ただ近くにいるだけと言うのだ。


萌生さんでも勝てない相手なのに、この俺が敵うはずがない。叶うはずのない恋を昨日までは見ずに済んでいた。しかし、事実を知ったいまの俺には現実だけがぶち当たる。


その結果、俺の目からポタポタと涙が溢れたのだ。


「ど、どうしたの?大丈夫!?」


「えっ?」

俺の目から溢れる涙を見て義妹が慌てて立ち上がり、数枚のティッシュを手に取る。


義妹の慌てようを見た俺も自分の目に手を当ててみるとやはり目尻は濡れていた。義妹からティッシュを受け取った俺は目を拭くが涙は止まらない。


「あ、あれ?どうしたんだろ……。」

止めどなく流れる涙の訳も分からずに必死に冷静を装うがうまくいかない。


その様子をただ呆然と義妹は見ていた。

義妹の視線に恥ずかしくなり、俺は小さくなる。


……俺はどうして泣いているのだろう。

涙の訳を必死に考える。


そんなのは決まっている。

叶うはずのない恋が終わったのだ。


あの人にとっては俺は年下の一作家でしかないのだ。土俵が違う……。


ならば何故俺はそこを求めようとしたのか?


今まで気づかないフリをしていたある言葉を思い出す。


『……独りは、寂しいものだよ』

悲しげにそう呟いた彼女の顔を思い出す。


その言葉を発した彼女の中に自分を見つけてしまったような感覚に陥る。


そう、俺は独りが怖くなっていたのだ……。

義父という存在が現れた事で、俺が心の中に頑なに誓ってきたものがなくなったのだ。


母を守らないと幼心に誓ってきた不文律……。


ただそれだけを守るために生きてきた自分の過去が彼女の過去と被ってしまう。どれだけ彼女が自分と似ていたのかが分かる。


彼女に対するシンパシーの中に、彼女が一番俺を理解してくれているという身勝手な幻想を抱いてしまっていたのだ。


それに気がついた時にはすでに泣いてしまっていた。


「情けないな……。」


「えっ?」

脈絡もない声を上げる俺に義妹は間の抜けた声を上げる。


「今更独りが怖いなんて……。」

たとえ家族であっても、友人であっても、恋人であっても心が通じていなければ独りじゃないとは言えない。


俺はそれに気づかずに他人から目を逸らし続けてきた。


「……大丈夫。あなたは独りじゃないよ。」

そう言って義妹は近づいて来て俺の頭を撫でる。


「……空?」


「何があったか知らないけど、……陸は独りじゃないよ。」

頭を撫でながら話を続ける義妹を見上げると、彼女の顔はすぐ近くにあった。優しい顔でこちらに微笑みかけてくる彼女の表情に俺は必死に抑えていた感情を爆発させる。


「う、あああぁぁ……。」

声にならない声が出てきて、止めどなく涙が溢れてくる。


その様子を見た義妹はゆっくりと俺の頭を包み込む。そして、優しく頭を撫で続ける。


その小さく細い身体に包み込まれた頭が彼女の温もりを感じる。その事が自分で閉ざしていた氷の壁をよりいっそう激しく溶かしていく。解けた氷の壁は涙となり、目から溢れ落ち続けた。


二人だけの家に、俺の泣く声だけが響き渡る。

どれだけの時間が経ったのか分からないまま、ただ俺は泣き続けた。


その時の義妹が苦い表情を浮かべていたのは俺は知らなかった。


落ち着いてきた俺は、ほのかに香る女の子特有の柔らかい香りに気がつく。泣いている間は気にしていなかった羞恥心が心の奥底からこみあげてきた。


「……ごめん。もう大丈夫。」


「……うん。」

俺は恥ずかしくなり義妹の細い二の腕を掴み、ゆっくりと剥がす。そして、義妹と目があった瞬間、俺は顔を背ける。


おそらく、顔は真っ赤だろう。


羞恥心と共にこみあげてくる別の感情の意味がわからずに、俺はいてもたっても居られずに席を立つ。


「……どこいくの?」

立ち上がる俺の様子を見た義妹が声を出す。


「……ごめん、ちょっと食欲がなくて。今日はもう寝るよ。せっかく用意してくれたのに。」


「ううん、いいよ。そういう時もあるから……。」

どこか寂しそうな声で自分の席に戻る義妹を背に、「ごめん。」と言ってリビングから出て行く。


その背中を追うように義妹は一言呟く。


「……あなたは独りじゃないからね。私達は家族だもん。」

その言葉に俺は足を止める事なく二階にある自分の部屋へ向かう。


今の自分の気持ちがなんなのか分からなかったのだ……。


部屋へ戻った俺は再びベッドに横になり、泣いてぐじゃぐじゃになった感情を整理する。


逢合さん、義妹、幼馴染、アイドル様、嫁とここ最近付き合いのある人達のことを思い浮かべる。


変わったのは俺の見た目だけで、性格的には何も変わらない。なのに、彼女達は俺に構うようになった。


逢合さんの言葉のように彼女達から好意を受けているのであれば、それは見た目だけなのだろうか?


前までのように髪を伸ばし、自分の壁を作っていればどうなっていたのだろうか?それは分からない。

おそらくは誰も寄ってこないはずだ。


それならばこんな気持ちになる事もなかったし、独りでいる事を恐ろしくなる事もなかっただろう。


だが、髪を切った事で見ようとしてこなかった現実を見てしまった結果、こうやって情けないな自分がいる事がわかってしまった。


「分かれば変わるのだろうか……?」

ふと、独り言のように呟く。


環境も変わり、家族も変わり、人との関わりも変わった。変わっていないのが自分だけだと分かった瞬間から、俺は何か変わるのだろうか……。


それはわからない。

それすら自分次第なのだ。


未熟な思考が容量オーバーする。

今はただ、何も考えたくない……。


寝返りを打ち、机の方を見るとパソコンが見える。


『……私達、別れましょう。』

その理由を知ることのないまま、あの日から開かなかったGFOの画面が思い浮かぶ。


ふと、何かを感じたのか自然に足がパソコンの方へ向かいパソコンを立ち上げ。


起動が終わるとGFOにログインする。

彼女はおそらくインしていないだろう……。

それでもなぜかインしなければいけない予感がした。


ログインし終わると、いつものように自宅で横になる自分のアバターが見える。


ただ一つ違う事があった……。

それは嫁が俺の横に立っていた事だった。

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