第38話 俺は幼なじみのことを知っているはずなのに

不良達が走り去って行ってしまった後、幼馴染は腰が抜けたのか膝から崩れ落ちる。


「お、おい!!」

その姿を見て、俺はとっさに彼女の腕を持って体勢を支える。


「へへっ、怖かった……。」

作り笑顔を浮かべた彼女はその小さな身体を小刻みに震わせながら俺に言う。


「怖かったじゃない!!あんなことをして、もし玄白達が来なかったらどうなってたかわかってんのか!?」

普段冷静な俺の怒気に満ちた声に彼女はビクッと身体を揺らし、玄白達も驚いていた。


「俺1人ならどうにかする事はできた。それなのに、なんで前に出てきたんだ!!」

俺の怒りは収まらず、俺は興奮気味で彼女を問い詰めていると、玄白が俺の肩叩く。


「まあまあ、落ち着け。とりあえず美内さんも座り込んでる状態だ。ベンチにでも座らせてやれよ。」

その声に俺はハッと気が付き、彼女の姿を見る。


腰を抜かした彼女は地べたに座り込み、顔面蒼白になりながらも、何故か作り笑顔を浮かべている。


「ご、ごめん……。少し興奮してた。とりあえず、ベンチに行こう。」


「うん…….。」

俺はそう言って幼馴染に手を伸ばすと、彼女は俺の手を掴む。だが、その手は震えていた。


いかに自分の行為が恐ろし行為だったのか、理解してきたのだろう。


俺は幼馴染を引き起こすと、その華奢な身体を支える。見た目以上に細いその四肢が玄白達のおかげで守られた事に感謝をしながらベンチへと連れて行く。


ベンチに座った彼女は力なく肩を落としていると俺も怒る気にはならない。


そんななか、いつの間にかどこかに消えていたモブ太もとい……モブライアンが人数分のジュースを買って戻ってくると、「ほれっ。」と言って俺にスポーツドリンクと、幼馴染に紅茶を手渡す。


「さんきゅ。モブ……。」


……なんてこいつは男前なんだろう。

自分にはない漢らしさを魅せるモブにお礼を言うと、玄白が俺を見て話しかけてきた。


「なぁ、陸と美内さんってどんな関係なんだ?」

ストレートに尋ねてくる恩人の玄白に嘘はつけない。


「美内さんとは……アスとは幼馴染なんだ。」

と言うと、玄白は元より幼馴染も驚いた顔顔で俺を見る。そして、キュッと口を紡ぐと頭下げる。


「そうなのか?その割には……いや、なんでもない。じゃあ、俺たちは帰るけど、陸は美内さんを家まで送って行ってやりな!!」


「ああ、ありがとう。ほんとに助かったよ。」

俺の言葉に玄白はにこりと笑い、モブとサブを連れて俺たちの前から姿を消して行った。


その後ろ姿を見送ると、俺たちは2人だけになり、辺りは沈黙が訪れる。

何から話せばいいのかわからないまま、しばらく時間が過ぎて行くなかで、気づけば辺りは夕陽が陰りを見せていた。


「なあ、なんであんなことをしたんだ?」

気まずい雰囲気のなか、俺が重い口を開くと彼女は両肩を揺らす。そしてまた、沈黙が訪れる。


「さっき、アスが俺の前に立ってくれた時、昔のことを思い出したよ。」

と言うと、アスは顔を上げて目を丸くする。


「あれは初めてアスに会った時の姿だったよ。俺はあの時は弱くて、いじめられていた。そこに割って入って助けてくれたのがアスだったな。」

俺の話を聞くアスの瞳から大粒の涙が落ち始める。


「あの時はアスが男だと思うくらいの勢いで喧嘩をしてくれたのを覚えてるよ。いや、同じクラスになるまで男だと思ってた……。」

泣き噦る幼馴染を軽く茶化すように笑うと、彼女は力なく俺の肩を叩き、そして口を開く。


「……あの後ね。私は傷だらけになって帰ったの。

私はただ、正しいことをしたんだと思って得意げにね。そしたら。」

彼女は涙を堪えながらゆっくりと話す。

その話を俺は黙って聞いている。


「お父さんに怒られたの……。暴力でなんでも解決しようとするな。人には口があるんだから、話し合いでなんとかしろって。それに私は女の子だから殴りあるの喧嘩はもってのほかだって言われたの。」

その言葉に彼女の行動原理を知り、納得する。


だが、それだけであんな危険な真似をするのか疑問に思っていると、彼女は話を続ける。


「だけどね。お父さんは私に叱った事と逆のことをしたの。お巡りさんでカッコいいお父さんが仕事の最中に暴力を振るったとか……。」

彼女はそういうと、再び声をつまらせる。


幼馴染であっても俺は彼女のことを知らないし、過去なんかどうでもよかった。今、この時までは……。


「そこから私達の家は変わったの。その事が原因で仕事を辞めた父は酒浸りになったし、母に暴力を振るうようになった。最初はその姿が信じられなかったけど、現実だった。それが原因で両親は離婚して私は兄達とお母さんに引き取られたの……。」

彼女の胸に溜まっていた思いが爆発したのか、次第に彼女は饒舌になって行く。


「大好きな家族も幸せな生活も全部暴力が壊した。だから何があっても暴力を振るう人は嫌いだし、それを見たら拒絶しちゃうし、怒りが湧いてくるの……。」


「だからあの日、あんな事を言ったのか……。」

俺は義妹を助けた日の事を口に出すと、彼女は最初はわからなかったようだったが、意味に気がついてうんとうなづいた。


「……ごめん。あの時は言い過ぎた。」

彼女は顔をうな垂れて謝ってきた。

おそらく俺が他人のフリをした理由も察したのだろう。


「こっちもごめん。あの時は俺もイライラしてたから。ただ……。」

俺が言葉を飲み込む様子を見て彼女は首を傾げる。


「誰かに危険が迫っていたら、力が必要な時はあるし、言葉だけで解決しない事もいっぱいあるんだ。」

俺は彼女に諭すように呟く。


……人は口先だけの正論ではどうにもならない事がある事は誰もがきっと分かっているんだ。

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