第10話 俺は妹を迎えにいったはずなのに

俺は突然降り出した大雨に戸惑いながら、走って自宅へと戻っていた。


天気予報では晴れ予報だったのに……と傘を持っていない現状を嘆きながらも、まだ使い始めて間もない教科書類を濡らしたくないから必死で足を動かす。


大雨からの必死の逃走でびしょ濡れになりながらも海西家へとたどり着いた俺は、家の鍵を開けて海西家に入る。


家はまだ誰もいなかった。

同じクラスである義妹も未だに帰っていないのだ。


僕が学校を出る時、義妹はクラスメイト達と何やら話をしているようで帰り支度すらしていなかったはずだ。


この機を逃すまいと濡れた制服を脱ぐと急いで脱衣場に向かう。雨で濡れた身体をさっさとシャワーで流したい。


義妹が帰ってくる前にとっととシャワーを浴びて、部屋に引きこもろう。

それが彼女にとっても、俺にとってもその方がいいのだ。


はやく大人になりたいと思ってしまった。はやく大人になって一人暮らしをしたい。そうすれば……。


ピカッ!!

俺がそんな事を考えていると、周囲が急に明るくなった。そして、すぐに雷鳴があたりに轟く。


「……近いな。」


雷の音を聞くと、俺はなんとなくシャワーを止めて浴室から出る。そして、髪もろくに乾かさないまま服を着ると、傘を2本持って家を出る。


義妹が傘を持っていたかどうかは知らなかった。

ただ雨の勢いが強くなったし、もし傘を忘れていたらと思うと勝手に体が動いたのだ。


前述の通り、俺は義妹が苦手だ。

彼女もきっとそうだろう。

義兄妹になってまだ1ヶ月も経っていないから、慣れろという方が無理なのだ。


だからといって距離を取っていると進展はしない。

少しでも仲良くして欲しいと思い大雨のなか義妹を迎えに行く事にした。


雨のなか、義妹が通るであろう通学路を歩く。


歩きながらも、ふと思うことがあった。

我ながらバカらしい事をしていると思う。


毛嫌いされている義妹を迎えにいった所で拒絶は目に見えていたし、打算での優しさにどこか虚しさを覚える。


雨の降る中、気持ちは沈んでいく一方だった。

雨はどうも好きではなかったし、落ち込んでいく自分も好きにはなれなかった。


ただ、打算であったとしても兄妹として義妹と攻めて話せる様になりたかった。


俺は再び、自分の通う高校の前にたどり着く。

雨の降る中で、傘を二つ持ちながら義妹が出てくるのを待つ。


雨とシャワーで濡れた髪をかき揚げて、オールバックの要領で髪をとく。すると、手にいつもある感覚がない事に気がついた。


眼鏡を忘れていたのだ。

風呂から何かに弾かれた様に家から飛び出したせいで、眼鏡をつける事を忘れていたのだ。


僕のコンプレックスを隠す盾を忘れてしまった事に憂鬱になりながらも、同じ学校の生徒達が出てくる姿を眺める。


校舎から出てくる生徒達は傘を差していたり、雨を避ける様に走って帰る生徒など、それぞれに雨を凌いでいる。


中には同じクラスの生徒もいたが、俺に話しかける事はなく足早にそれぞれの家に帰っていく。


30分近く待っていた俺は義妹を見つけ出す事ができなかった。気づかない内に帰ってしまったのだろう。


諦めた俺は来た道をずぶ濡れになりながらも戻っていく。


だが、俺は気がつかなかった。

義妹が2本の傘を持った俺を見て、走って帰った事を……。


2度目の帰宅をした俺は再びずぶ濡れになった。

普段は使わない気を使って無駄足を踏んでしまった事に後悔しつつ、先に準備していたタオルで身体を拭く。


上着を脱ぎ、あらかた身体を拭き終えた俺はため息をつきながら風呂場に向かう。


この時、身体を拭く事に夢中になっていた俺は義妹の普段履いているローファーの存在に気がつかなかった。


がちゃっ……。


俺が脱衣所のドアを開けると、そこには入浴前で服を脱いでいた義妹の生まれたままの姿が目の前に現れた。


その瞬間、白く輝く四肢とタオルで身体を隠した細い腰回り、そしてあまり大きくない胸部が露わになる。


そして、2人の目線が重なった瞬間……。


「きゃあーーーーー!!」

「ぎゃあーーーーー!!」

と、互いの叫び声がたった2人しかいない家の中にこだまする。


その声に反芻するかのように俺は脱衣場の扉を慌てて閉める。

そして、高鳴る鼓動と荒ぶる呼吸を抑えながら頭を抱えて、「なんてラブコメだよ。」と小声で呟く。


普段ならこう言ったヘマはしない。


互いに警戒感を持ってしまっているから常に鍵を閉めて自分の領域に相手が入ってこない様にしていたし、相手の領域に入らない様にしてきた。


だけど、今日は違った……。


俺は今日の空模様にどこか注意力散漫だったし、彼女も普段に比べると警戒感が薄かった様に思う。


それこそ彼女のもっとも注意しなければならない空間である脱衣場の鍵を閉め忘れている時点でどこか注意力散漫だった。


そこに疑問を持ちながらも俺は立ち上がり、浴室に篭ったままの義妹に声をかける。


「あの……、その…….、ごめん。」

脱衣場のドアを挟んで沈黙が支配する。


「……最低。どっかに行ってくれない?キモいから……。」

沈黙を打ち消したのは義妹の辛辣な一言だった。


こうなった時点で義妹の言葉を俺は予想していた。

おそらく罵倒する……。

予想していたはずなのに、何故か涙が出る。


彼女にとって俺は目障りな存在なのは、俺がこの家に来た時点で分かっていた。

だけど、何もしていないのにここまで嫌われていたとは思っても見なかった。


「……ごめん。」

最後に一言言って、俺は脱衣場から逃げる様に立ち去った。


この時、俺は決意した。

……この家から出て行こう。


それがこの家族にとって……義妹にとって1番いいのだと思った。

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