第9話 俺のプロローグのはずなのに
俺、海西陸(かいぜいりく)は元々名前が違った。
一番最初の名は松平陸。
10歳まで今の高校の近くに暮らしていたが、父の転勤でほかの県に引っ越しをした。
その当時、公園で一緒に遊ぶ機会が多かったのが幼馴染の明日香だ。
俺や他の子たちと遊ぶ様子や言動から男の子だと思っていたくらいに活発な子だった。
当然男勝りな幼なじみとはよく喧嘩もした。引っ越しを機に離れ離れになった。
そして引っ越して2年目の春……、親父の浮気が判明し、両親は離婚……する前に親父は事故で死んでしまった。
その事実を知らなかった俺と母さんはしばらく松平姓を名乗っていたが、その事実を知った母さんはそれを機に川辺の姓に戻ったのだ。
それと同時に人間と言う存在に興味を失った。
その頃はすでに松平陸というペンネームで執筆活動をしていた俺は、旧姓でWeb小説を書き続けた。
最初は小学生の遊び半分で書いていたが、書いている時間は楽しかった。
なぜ、小説を書いたかって?
それはうちの家庭事情があった。
元々ゲーム禁止だった我が家で、俺は基本的に本を読んで過ごす事が多かった。
その上で、ゲーム禁止を強要していた父が他界した事でそれも解禁される……はずだったのだが、その当時はうちの家計は苦しくなっていてゲーム機を買う余裕がなかった。
だが父が残したパソコンで小説を書き始めた事で、出版社から連絡があり、中学卒業を機に小説家デビューをする様になった。
今ではサイン会が開かれるほどの作家にはなれたとは思う。
そして小説を書く一方で、生活苦に苦しむ母に何かあってはいけないから強くなりたいと思い立つ。
その一環で、近所の警察署が主催する空手道場に顔を出すようになったのだ。
そこは月謝が安く、本格的な道場だったので部活に比べると余りお金がからなかったのだ。
空手を小学6年から今までやり続けた。
そして、地元に引っ越す目処がついた俺たち母子は中学2年の春を前に地元に戻る。
その際に警察を引退した方が地元で道場をしていることを聞き、今の師範の元で練習をしている。
そして、この引っ越しを機に新しい友人を……と、思っていたのだが、世間の風はキツかった。
出来上がったクラスの中に転校生が来たとて、そう易々となじめる訳がない。
本来、無口な俺はクラスの中に溶け込めないでいた。さらに悪いことは続き、本とパソコンを生きがいにして来た俺の視力は落ちてしまい、目を細めてものを見るの生活が続く。
すると、その顔を見た女子から怖がられてしまったのだ。だから、メガネを買ったとしてもコンプレックスだけが残り、俺は髪で目を隠すようになる。
母には切れば良いのにと言われていたが、散髪代がもったいないと固辞し続けた。
その頃になるとパソコンでもゲームができる事を知り、リックとして遊んでいくうちにリィサと仲良くなる事ができた。
目というコンプレックスがなければ、結婚までできる事を厨二心に知ったのだった。
そして月日は流れ、中学3年生の夏。
うちにとっては運命が変わる出来事が起こる。
母親の再婚話がこの頃から出始めたのだ。
最初は夏休みに両家で食事をし、結婚する流れだった。だが、それを空は拒んだのだ。
それもそのはず、思春期真っ只中の俺たちに同い年の兄弟が出来るなんて溜まったものではない。
義妹も両親には幸せになっては欲しいという思いもあるが、自分の感情が先に出てしまったのだろう。
今年は受験もあるからと言う事で、再婚話は俺たちの卒業を目処に延期となった。
受験勉強をしながら空手や小説を書き、水曜日の夜はリィサとゲームをするルーティンが続いた。
ある時、母が塾へ通うように勧めて来た。
最初はお金がないからと拒否していたが、平均点しか取れない俺を見かねたのだろう、強く勧めてくるので、しまいに折れた俺は晴れて塾に通うようになった。
そこには義父の援助もあったらしく、今でも義父には感謝している。
そして塾では必死に勉強をした。
時々、よく隣に座っていた女の子に勉強を教えてもらった。容姿はと言うとメガネを掛けて、ヘアゴムで長い髪の先を結んだどちらかと言うと地味だが年齢の割には発育が良かった。
彼女の第一目標はお嬢様学校であり、そこも合格判定を受けていたので、高校は別のところへ行くと思っていた。
だから互いに名前は知らなかったし、俺は興味もなかった。
そんなある日、彼女が勉強の邪魔になるだろうからとくれた髪留めは未だに手元に残し、本を読む時や小説を書く時は必ずつけるようにしている。
……授業中につける?それは無理!!だって人見知りだもん☆
そして、高校受験の合格発表で俺は難なく合格した。元々内申点は高い方だったから、勉強さえできれば良かったのだ。
だが、それは地獄の日々の始まりだったのかもしれない。
なんと、義妹である海西空も同じ学校に入学すると言う事が両家初めての顔合わせで判明したのだ。
初めて義妹が俺の顔を見た時のことは今でも覚えている。
髪を上げる事が未だに怖い俺はその日も目を隠していた。母には何度も注意されたが、これだけは譲らなかった。
母に似て頑固な性格の俺に、海西家に引っ越した当日に義妹が言った一言が未だに胸に刺さる。
『有り得ない。こんな冴えない隠キャが私の兄になるなんて!!クラスが一緒でも話しかけてこないでよね!!』
その言葉に傷ついた俺はますます女性を怖くなるのだが、そんな相手が……、いやクラスの美少女達が俺を好きになっているなんて思っても見なかった。
髪型を変えただけのはずなのに……。
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