第4話 幼馴染は俺を知らないはずなのに

「萌生さん。この化粧、やる意味あるんですか〜?」

俺は翌日、担当編集の萌生英雄さんに控え室で化粧を施されていた。


「今の時代、どこで写真を撮られるか分からないから少しでも見栄えをよくしないとダメなんだよ。特に、君みたいな高校生小説家になると今後も作家イメージがついて回るからな。」

と言って、彼は化粧を終わらせる。


確かにスマホ全盛期に、サイン会が行われれば誰かが写真に残すかもしれない。


それを誰かが拡散して、俺と言う隠キャの写真が世に出てしまうともしかしたらファンが寄り付かないかもしれない。


高校生作家としてのアドバンテージが消えてしまえば、俺の将来にしても出版会社にしてもお先に真っ暗だ。


「あとはコンタクトだが、持ってきているか?」

萌生さんはコンタクトの有無を尋ねる。


「はい、持ってきていますよ。目に異物を入れるのは怖いんで鞄に入れていますけど……。」


俺が鞄を見せると萌生さんはうなづき、「じゃあ、トイレで付けてこい。時間がないから急げよ?」と言ってきた。


俺は急いでトイレへと向かい、慣れないコンタクトをつける。


そして、コンタクトをつけた俺は鏡に映る自分を見る。そこには見たことのない自分の顔が写っていた。


コンタクトをしていない俺の顔は物を見るために目を細めてしまうため、物凄く目を細い。


だが、鏡に映った男の顔はどうだろう。

目がぱっちりと開いていて、どことなく童顔。


その上普段の髪型とは違い、髪をしっかりと整えているので目が髪で隠れていないので爽やかな好青年と言える出で立ちだ。


おそらくこの格好で居れば義妹ももう少し見直してくれるかもしれないが、それはそれで何か義妹に媚を売っている様なのでしない。


何より、めんどくさいしね!!


そんな事を考えながら、俺は男子トイレから出る。

すると、女子トイレの方から誰かが飛び出してきて俺にぶつかって来た。


「あいたたたっ……」


「大丈夫ですか?」

俺にぶつかってきた拍子に転んでしまった女性を見て、彼女に手を伸ばす。


「すいません、急いでいたもので……。」

と、彼女は俺の手を掴むとゆっくりと立ち上がる。


そして、目があった瞬間に2人の間に沈黙が走る。

俺にぶつかってきたのは、なんと幼馴染の美内明日香だった。


……なんでここにいるんだよ!!

と、思うが幼馴染は俺の顔を見つめたまま硬直している。


気づかれたか?と思ったが、幼馴染に「あの……。」と、声をかけると彼女は慌てだす。


「えっ、あの。すいません。本屋さんに行こうと思ったんですけど、迷ってしまった上に緊張しててお手洗いに行ってたらさらに迷ってしまって……。」


手を右往左往させる幼馴染の姿を見て、気づかれていない安堵感でほおが緩む。


「じゃあ、僕も同じ方に行くんで一緒に行きますか?」

と、言うと幼馴染は「いいんですか?」と驚きの声を上げる。


「はい、案内しますよ?じゃあ、行きましょうか。」

俺は幼馴染に気づかれない様に猫を被る事に成功し、本屋さんへと歩きだす。


その後ろをちょこちょことついて来る幼馴染は学校やあの日の帰りの様に騒がしくする事なく、黙って俺の後を追う。


しばらくその距離感で歩いていた俺は本屋が見えて来ると立ち止まり、幼馴染の方を向く。


「ここが本屋ですよ。道に迷わない様に気をつけてくださいね。」

最大限の作り笑顔で幼馴染に目的地を告げると、彼女は「えっ!?」と挙動不審な動きを見せる。


「あ、ありがとうございました!!あの、お礼を……。」


「いいですよ。じゃあ僕はこれで……。」

と言って僕は早々に幼馴染みと別れる。

いや、すぐに離れたかったのだ。


俺だと気づかれたらまた文句を言われかねないからだ。


幼馴染と別れて控え室に戻った俺の姿を捉えた萌生さんは俺の姿を見て「ヒュー。」っと口笛を吹く。


「コンタクトを入れるだけで見違えたな。誰が来たかわからなかったよ。」


「お世辞はいいんで、早くやりましょうよ。」


所詮隠キャは隠キャだ……と、萌生さんの言葉を半分聞き流す。予定時間が迫っていたので、俺は始める事を提案する。嫌なことは早々に終わらせてしまいたいのが俺の性分だった。


そして、サイン会が始まった。


俺の処女作である"雨の中でたたずむ君に僕は恋をした"はカケヨメというweb小説を書籍化したもので、受験前に俺が書いていた小説が萌生さんの目に止まり書籍化したものだった。


メインターゲットは10代男女の作品なんだが、最近では主に女性の購買率が高い。


サイン会に先立って、簡易的なインタビューが行われる。


この小説が生まれた経緯や実体験を尋ねられ、それに答えるというものだったが年齢=彼女がいない歴の俺のお花畑の脳内を語らなければいけないのは正直恥ずかしかった。


そしてサイン会が始まると、次々に俺の本を買ってくれた方々が俺にサインと握手を求めて来る。


初めてのサイン会で数十人もの方が来てくれた事に驚いたが、それ以上に驚いた事があった。


サインを求める姿の中になんと幼馴染がいるではないか!!


しかも、その顔は恍惚そうな様子で時折スタッフに前に行くように促されているではないか!!


まぁ、驚いて思考が停止するのも無理はない。

自分が嫌いなクラスメイトが目の前で作家をやっているのだから。


作り笑顔で握手を求める人を捌きながら、そんな事を考えていると、幼馴染の番が回ってきた。


俺の登場に困惑しているのか、彼女は俺の前で微動だにしない。

なので俺は先制パンチを浴びせる事にした。


「……また会いましたね。まさか来てくれるとは思いませんでしたよ。」

顔の筋肉を痙攣らせながら、至って冷静に幼馴染みに話しかける。


「あっ、あの。先程はありがとうございました!!まさかあなたが松平先生だとは知らず、私、私。」

俺が声を出すと、幼馴染は何かに弾かれたかのように話し出す。


俺はその声に気圧されながらも、彼女から本を受け取るとサインを書き始める。


「仕方がないですよ。僕も初めてのサイン会なので気づかないのは当然ですよ。」


「いえ、私はweb小説の頃から拝見していたので、今日お会いできて嬉しいです!!」

緊張からか、早口になる幼馴染にサイン本を手渡しながら、俺は……昨日も話していたのになぁ〜。と心の中で呟く。


「私と同い年の先生の作品、今後も楽しみにしているので頑張ってください!!」

と言って、幼馴染は手を伸ばしてきたので俺は再び作り笑いで「ありがとう……」と言って彼女の手を握り返す。


そして、彼女の番が終わった。

彼女は俺が書いたサインを嬉しそうに眺めていたが、ある事に気がついたのか、一言何かを呟いた。


「松平……、りっくん?」

その言葉に俺は「ん?」と反応してしまい、彼女の方を向くと、幼馴染と目があってしまった。


彼女はスタッフに背中を押されて退場していくが、その目線はしばらく俺のことを捉えていた……と、思う。


そして、その日のサイン会はつつがなく終わった。

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