第54話 両親に問い詰められるはずがない……

カランカランと、義妹が持っていた汁椀が落ちる音が室内に響く。


「あっ。」

コロコロと転がっていく汁椀の行方を目で追うと、シンクに当たって止まるのが見える。


俺は動きを止めた汁椀を拾い上げ、義妹の表情を見ると、彼女は青ざめたような表情を浮かべている。


「どした?」

俺が義妹に尋ねると、彼女は俺の顔をじっと見つめたままで何も言わない。


しばらく無言が続くリビングに水の音だけが響き渡り、どうにも居心地が悪い。


「おい……。」

いてもたってもいられなくなった俺が義妹に声をかけようとした瞬間、玄関のドアが開く音がする。


それと同時に、「ただいま〜!!」と、母の素っ頓狂な声が家中に響く。

つかつかと、リビングに近づいてくる足音が二つ……どうやら義父も一緒に帰ってきたようだ。


がちゃっと言う音と共に、両親のすがたが視界に入ってくる。


「ただいま〜陸、空!!」

少し酔っているのか、母は機嫌よさそうに義妹に近くと、勢いよく義妹に抱きついていた。


先ほどまで黙りこくっていた義妹が驚きの表情で、飛び込んできた母を受け止める。


「空ちゃん、ただいま!!今日も可愛いわねぇ〜。」

頬擦りしそうな勢いで抱きついてきた母を無下にはできず、苦笑を浮かべながらもされるがままにされていた。


……飼い猫か!!てか、嫌なら剥がせばいいのに。


母と義妹のやりとりを呆れながら見ていたが、この対応自体が二人の”家族”としての接し方なのだと思うと、無粋なことは言うまい。


「ただいま、陸くん。」

そんな二人をよそに、義父が俺に話かけてきた。


「あ、お義父さん……お帰りなさい。」


「ああ……。珍しいな、二人がこうやってリビングで過ごしているのを見るのは。」

お義父さんは俺と母に抱きつかれている義妹を見比べながら言ってくる。


確かにそうだろう。俺も驚いているくらいだ……。

なんせ義妹と一緒に暮らし出して2ヶ月弱。

その間、家庭では義妹と過ごすことはなかったのだ。


当事者である俺ですら驚いているのに、無関係な両親が驚かないはずがない。


「いや、空さんが晩ご飯を作ってくれたので、一緒に食べてました。」

俺の言葉に、義父は嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「そうか……、美味かっただろう?空の料理は。」義父は親バカであるかのように、自慢げに語る。


「はい、美味しかったです。母の料理より断然に……。」


「はぁ?ひどくない?」

俺の言葉にショックを隠せない母に大笑いの義父。そんな2人を見て、家族ってこんなものなのかな?と、遠に忘れてしまっていた楽しかった過去を思い出す。


そんな中、一人楽しくなさそうな顔をする奴がいた。義妹だ。


いや、楽しくなさそうと言うのは語弊がある。

どちらかと言うと、仄かに赤い顔をし、複雑な表情を浮かべているのだ。


「あぁ〜、空ちゃん。どうしたの?」

義妹の表情を見た母が間抜けな声で尋ねる。


「……なんでもないです。」

なんでもないと言いながら、一向に晴れる事のない義妹に何かがあったのではないかと、ますます母が心配する。


そして、心配の矛先は俺に向けてきたのだ。


「あんた、なんかやったんじゃないでしょうね?」


「し、してない。してないよ!!

酒を飲み赤い顔で睨みつけてくる母の目に、何もしていない俺は慌てる。


「本当にぃ?空ちゃん、なんかあったらすぐ私に言ってね……。」


「いえ、なんでもないです……。」

母の言葉に何も無い事を言う義妹だったが、今にも泣きそうな顔に変わると、次第に泣いてしまった。


それに驚いた母は義妹から離れると、俺の服を掴むと、「あんた!!本当に何もしていないんでしょうね!!」と怒鳴り始めた。


俺は母の剣幕に押されて両手を顔の前に持っていくと、「してない、してない!!」と首を振ると、その言葉に母は不満そうに両手を離す。


当然無実だ。何もしていないのに泣き出した。

義妹に俺が話したのは……。


「ただ、俺は一人暮らしをしたいと言っただけだよ。」

俺の言葉に「「えっ?」」と、両親が口を合わせてこちら見る。


そして、義妹は唇を噛み締めていた。


「あんた、なにいってんの……?」

俺の言葉に戸惑いを隠せない母が再び俺の服を掴む。


「俺は一人暮らしをしたいって言ったんだよ。お義父さんには良くしてもらっていますし、今の生活に不満はありません。けど…….。」


「私のせいだって言えばいいじゃない!!」

俺の言葉を遮るように義妹が噤んでいた口を開いて怒鳴る。その目は涙が溜まっていた。


その声に母は驚きを隠せずに義妹を見る。


「私のせいだって言えばいいじゃない!!あんたにひどい事をいい続けたんだから、家にいるのが嫌になったんでしょ?」

興奮して止まらないのか、母を掻い潜ると義妹は俺の前来て胸を両手で叩く。さして痛みはないのでされるがままにしておくと、彼女の力は徐々に抜けていく。


「私が嫌だって言えばいいじゃない……。」

義妹の手が止まったかと思うと、彼女は振り向いて自室へと走り去ってしまう。


走り去っていく義妹を見た母が、「空ちゃん!!」といって義妹を追いかけていく。


その様子を黙って見ていた義父が、ただ呆然と開けっぱなしになったリビングのドアを見つめていた俺に声をかけてくる。


「陸くん……。話を聞かせてもらってもいいかい?」


「はい……。」

俺は、初めて義父と二人で話し合いをすることになった。


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