第53話 義妹が夕食を作ってくれるはずがない……。

午後6時、俺は自宅に帰っていた。

なんとなくやる気が起こらずにベッドの上でぼーっと天井を見つめる。


俺が告白されて断っただけのはずなのに、なんとなく違和感が残る。

その正体がなんなのかはっきりとせず、ただもやつく頭を働かせる。


アイドル様が何故俺に構うのか、何故俺なんかに告白してきたのか、何故俺なのか理由を聞くのを忘れてしまった。このモヤモヤはきっと彼女の話をきくことなく断ってしまったのが原因だろう。


ちゃんと最後まで話をすればよかった。

俺は後悔をしてしまうが、後悔先に立たず……今更言ってもしょうがないことだった。


コンコン……


突然、ドアを叩く音が部屋に響く。


「はい!!」

その音に俺は驚いてベッドから飛び起きる。


何故驚いたかって?


基本的にうちの母は俺の部屋に入る時は一声かけて入って来る。

義父に関していえばノックはするものの、未だに帰宅していない。

そうなるとドアを叩く音を発した相手はただ一人ということになる。


……義妹だ。


もちろん、義妹が部屋にきたことがない訳では無い。

だが、その時は両親が居る時か友人達と攻め込んできた時くらいのものだった。それ以外は忌み嫌っている男の部屋に好んで入って来るような軽率な女ではないと言うことを知っている。


だが、今日に限っては両親は帰宅していない。

なのに何故?


疑問を感じながらも、俺はベッドから体をゆっくりと起こして部屋の入り口へと向かう。


ドアを開けた俺は部屋の前で待っている義妹を見つける。


「どうした?」

下を向いたまま俺の顔を見ようとしない義妹に声を掛けると彼女はビクッとその小さな体を揺らす。


「……はん。」

消え入りそうな声で何かを呟いた彼女の声は聞こえない。


「えっ?」

俺は義妹の声が小さすぎたので覗き込むように義妹を見る。

すると義妹は顔を真っ赤にして、「ご飯できてるから!!」と怒鳴る。


……声が小さくて聞こえなかったんだ、怒鳴るなよ。

と、心中で思いながらも「ありがとう」と口にする。


だが、俺は怒鳴られたことで義妹の発した言葉の意味がわからなかった。

義妹が言ったことを脳内で反芻する。


脳内の神経と言葉の意味が一致した瞬間、俺は「えっ!?」と声をあげてしまう。


それもそのはず、俺は義妹と二人で食事をとった事がない。

互いに苦手意識を持つもの同士、両親が揃って不在の時はそれぞれ時間をずらして食事を取る事が当たり前だった。


そんな彼女はがなんと俺の夕食を準備したと言うではないか!!

驚きを隠せずにいると、義妹は俺の顔をじっと見て、「いるの?いらないの?」と、不満げな声を上げる。


「……いります。」


「じゃあ、早く降りてきて!!」

彼女の迫力に圧された俺は開いた口が塞がらず、どうにか答えを返すと、彼女は踵を返して先にリビングへ行ってしまった。


その後ろ姿を眺め、義妹のここ数日の変化に戸惑いを覚えてしまうも、黙って義妹の後を追う。


リビングに入るとテーブルには2人分の食事が整然と並べられていて、彼女の性格を示す細やかさが浮き出て来る。

ごはんに生姜焼きに、サラダに味噌汁という料理の数々が食欲を唆り、さっきまで空腹感のなかったはずのお腹の虫が鳴る。


「……何してるの?さっさと座ったら?」

義妹が料理を見て呆気にとられている俺に不安気な声で言って来るので、俺はその声に従って義妹の席の反対側に用意された席につく。


……あれ?

その席に座ると、何故か違和感を感じてしまう。


いつもであれば俺の席は義妹と対角線にある席に座って、義父の顔を見ながら食事を取るのだが、今日は義妹が正面にいるのだ。


「何やってるの?食べましょう……。」

どこか緊張した声で食事を促して来る義妹の言葉に考えるのをやめた俺は義妹に合わせて箸をとると、揃って「いただきます!!」と言ってご飯を食べ始める。


一口、生姜焼きを口にする。

焦げ付きも少なく、生姜焼きのタレがちゃんと絡んでいる肉の旨味が口中に広がる。


「……うまい!!」

俺は小さな声で感嘆の声を上げる。

その声を聞いてか義妹は嬉しそうに目を細める。


おそらく義父と2人暮らしが長かったおかげで、料理の腕は主婦並みにあると思われる義妹の料理を俺は箸が進むままに夢中で食べていた。


みるみるうちに料理はお皿から消えていき、惜しむべき最後の生姜焼きが箸に乗るだけになった。


最後の一口を食べると、彼女が食べ終わるのを待つ。

食事の間、2人の会話はほぼゼロ……、俺が最初に言った「うまい!!」が最初で最後の言葉になってしまった。


義妹が食べ終わると、義妹に合わせて御馳走様をする。

そして、食器を片付けようとする義妹に向かって声を掛ける。


「あ、俺にやらせてくれ。美味しい物を食べさせてもらったから片付けくらいさせてくれ!!」

その言葉に食器を持った義妹が動きを止める。


その表情は無表情……。気持ち悪いことを言ったかな?と思ってしまった。すると、彼女は俺から顔を逸らすように背を向けてしまう。


「いい……。私が勝手にやったことだから。」


「い、そういうわけにはいかないよ。片付けくらいはさせてくれ。」

というと、義妹はしばらく黙ったまま動かなくなる。


その様子を不思議に思い見ていると、彼女は「じゃあ、一緒にやってもらえる?」と言ってきたので、俺は喜んで食器を流しへと持っていく。


途中、義妹の俯いた顔が見えたが、その表情は赤みがかり口をへの字に固めていた。


2人並んで食器を洗い、片付けていく。

その様子は側から見たら同棲のカップルのように見えるだろう。

だが、現実は互いに相容れないもの同士が無言で皿を片付けているだけだ。


「なぁ、どうして今日は夕食を作ってくれたんだ?」

俺は心に引っかかっていた一つの疑問を口にする。


それはそうだ……あれだけ嫌われていた義妹がきゅうに態度を豹変させるのだ。不思議で仕方がない。


「家族だからって理由じゃあ、ダメ?」

お皿を拭きながら、彼女は俺の顔を見ることなく言って来る。


……家族だから……か。

俺が義妹によく言う常套句を彼女も言ってきた。

それで納得はできるのだが、一つの疑念が晴れない。


「いや、ダメじゃないけど、無理しなくていいぞ?」


「えっ?」

俺の言葉に義妹は顔を上げてこちらを見る。

その表情は戸惑いを隠せない様子だった。


「空が俺を嫌っているのは知っているし、その原因が俺にあるのもわかってるから。」


「ちがう……」

義妹はショックを受けたのか、小さな声で否定をするが俺には届かなかった。


「それに、俺はこの機に一人暮らしを始めようと思っているんだ……。」

俺の言葉に、彼女は手に持っていた汁椀を落としてしまう。


かつーーーん。


その音だけが、2人しかいない室内に響いた。


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