第52話 アイドル様に告白されるはずがない……
昼休憩、俺はアイドル様に指定された待ち合わせ場所に向かっていた。
そこは人気の少ない校舎の裏で、生徒達からは告白聖地と呼ばれている場所だ。アイドル様はその事実を知ってか知らずかそこに俺を呼び出したのだ。
俺はその事に嫌な予感を覚えた。
昨日から嫌と言うほどラブレターをもらった。その事は喜ばしい事だし、モテない男子からすれば殺意を抱くレベルなのだ。
それなのに本来ならモテるはずがない俺が絡みのなかった女子からラブレターを貰う事に違和感を覚える。
ただ髪を切っただけなのに……そういう思いが強くなる一方で、クラスのアイドルに告白の聖地へと呼び出され身構えてしまった。
彼女は義妹の友達だというイメージしかないのだ。
それなのに、他の女子と同じように髪を切っただけで呼び出すなんて……。
そう思いつつ、呼び出された場所へと辿り着く。
校舎裏にある一本の木の下に佇む長い黒髪をした制服の少女の後ろ姿が見える。
「れ、冷泉さん……。」
俺がアイドル様に声をかけるかと、彼女は俺に気がつき、こちらを振り向く。
その瞬間風が吹き、彼女の髪が青々照らされる木の葉とともになびく。
その姿は俺が抱いていた警戒心を忘れさせるほどの美しさで、ついついごくりと喉を鳴らす。
「海西くん……ごめんね、急に呼び出して。」
アイドル様は俺の顔を見ると、顔を俯かせる。
「いや、別に……。で、用事って何?」
アイドル様の纏う美しさに一瞬心を奪われてしまいそうになったが、俺は首を振って冷静を装う。
「あ、あの‥…、海西くんに聞きたい事があって。」
恥ずかしそうに言葉を紡ぎ、その言葉を聞いた俺は無言でうなづく。
なぜ無言かというと、俺はその後に続く言葉が恐れている言葉じゃなければいいと思っていた。
だが、その願いは儚くも水泡と化した。
「う、海西くんって、今誰かと付き合ってたりとかする?」
「いや、いないよ……。」
不安げな顔でこちらを見るアイドル様に俺は幻滅するが、顔には出さずに答える。
その答えを聞いたがアイドル様は少しホッとした顔をしたがすぐに制服の裾を整えたり、長く伸びた髪を触ったりと落ち着きをなくした。
俺はアイドル様の様子をじっと見つめて後に続く言葉をじっと待った。
この場に沈黙が訪れ、風のそよぐ音と校舎から聞こえる生徒たちの声だけが耳につく。
どうやらアイドル様は再び緊張した面持ちで深く呼吸を整えると、こちらを見る。
「あ、あの、好きです……。」
消え入りそうな声が風にかき消される。
だが、口の動きで彼女が何を言おうとしたのかが分かってしまう。
……アイドル様もか。
俺は聞こえてないフリをしながらも、呆れてしまう。
まさかアイドル様が他の女子達と同じように俺の事をよく知らないのに告白してくるとは思わなかったのだ。
再び2人の間に沈黙が走る。
アイドル様の表情は言い切った事と緊張で真っ赤に茹で上がり、これ以上ないほどそわそわしている。
その様子を見て絆されそうになってしまいそうな心を抑える。
答えは否……。
モブが絶世の美少女である彼女を振るなんて、何様だと人は言うだろう。俺自身もそう思う。
だが、俺の脳裏に一人の女性の笑顔が浮かぶ……。
その人と付き合う事はきっとない。
ただ、初めて会った時に交わした言葉や姿が脳裏に焼き付いて離れない。
……ははっ、人の事は言えないな。
俺は心の中で自嘲の笑みを浮かべる。
彼女はその笑みを見たのか、急に不安そうな顔でこちらを見る。
「あ、あの……、聞こえなかったかな?」
その声に、俺はハッとなる。
聞こえなかったと言えば無かった事にできるかもしれない。彼女の為にもそれが望ましく思える。
「うん、聞こえなかった。」
俺がそう言うと、彼女はオロオロとしはじめる。
いつもは凛としているアイドル様とはまるで別人のようにすら見える。その様子を見て心が痛むが、俺は言葉を続けた。
「けど、言ってくれた事は分かったと思う……。」
俺の言葉に再び身体を硬直させたアイドル様がじっとこちらを見つめる。
「もし、告白だとしたら……ごめん。その気持ちは受け取れない。」
その言葉にアイドル様が顔を引きつらせながら、頭を下げてしまう。
「ど、どうして……かな。」
「髪を切っただけなのに俺に近づいてくる子が最近多くて……ね。ちょっと怖いんだ。」
俯いたまま正直になって最近の出来事を告げると彼女は振り上げるように顔を上げてこちらを向く。
「ち、ちが……」
アイドル様は俺の言葉を全力で否定するが、その言葉に重なるように俺は思いを伝える。
「それに、今は好きな人がいるから……。中途半端な気持ちでは付き合えない。」
そういうと、彼女は言いかけていた言葉を飲み込む。そして再び頭を下げ、唇を噛む。
「好きな人って……、私の知ってる人かな?」
今にも途切れてしまいそうな震える声で尋ねてくる。
「いいや、知らない人……。」
アイドル様の今にも泣きそうな声に俺は全ては告げられないまま答えると、三度目の沈黙が訪れる。
「そ、そっか……。」
沈黙を破ったのは俺の言葉を飲み込んだ彼女だった。
「じゃ、じゃあ……。」
という声とともに彼女は顔を上げる。
その瞳には目一杯の涙が浮かんでいた。
「また……友達になってくれますか?」
必死に作り笑顔を浮かべる彼女の最初の言葉はよく聞こえなかったが、俺は「……いいよ。」とだけ答える。
すると、彼女は目に溜まった涙を拭く。
「じゃあ、海西くんとは今日から友達ですね!!ありがとうございます。時間を作ってくれて……。」
というと、彼女は踵を返して走り去ってしまった。
俺も手を伸ばしかけたけど、その涙の理由である俺が手を掴んだところで何が変わるわけじゃない。
ただ、彼女の後ろ姿を情けない姿で見送ってしまった。これが俺の人生初の人を振るという行為だった。
俺は中途半端に浮いている手を近くにあった木に当てて、なんとも言えない罪悪感に苛まれた。
明日、彼女が変わらず学校に来てくれるといいな……と思いながら、俺は告白の聖地を後にした。
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