第48話 ギャルが急に変わるはずがない

その日を境に、私と彼はゲーム上で会う事が週1日、水曜日だけになった。


私としては寂しくないわけじゃない。

一人でいる時は寂しくなるし、彼が何をしているか不安になってしまう事が気になってしまう。


だけど所詮は仮想世界の夫婦。絆なんてある訳がないから、彼を束縛する気はさらさらなかった。


ただ二人でいる時だけは私だけを見て、ちっぽけでいいから愛を囁いてほしい……。

そんな願いだけで1週間を乗り越えていった。


そんな私に小さな変化が訪れた。

彼という存在が支えになり、心に余裕ができた。


その結果、いつか彼に会った時のために私も変わらないといけないのだと言う思いに駆られたのだ。


だから私は勉強の合間にファッション雑誌を読んだり、化粧の仕方をお姉ちゃんに聞いたりと自分を変える努力を始めた。


その結果、徐々にクラスメイトから声を掛けてもらえるようになってきたし、ラブレターも貰うようになった。


だけど、私にはリックという存在が心にいるからとその答えは一貫してノーを突き通した。


お互いに受験生という事もあり、勉強の話をしたり、凹んだ時には励まし合う日々が続いた。


そして、お互いに志望校に合格した事を喜びあった。彼がどこに住んでいるのか知らない中でこうやって共に喜び合えることに幸せを感じていた。


受験も終わり、私に変化の兆しが現れだしたある日のこと、私はある現場を目撃する。


ゲーム内でリックがある女の子キャラとパーティーを組んで歩いていたのだ。


水曜日ではなかったから互いに約束はしていない。

だけど、会いたい気持ちを我慢しログインを控えていた私を差し置いて、彼はゲームをしていた。


仕方のない事なのに、なぜか不快な気持ちになる。

そして、歩いているのが私以外の女の子キャラだった事に、私は溜め込んでいた想いが何か別の方向に弾けてしまった。


結果、人生初のプレイヤーキルをしてしまった。

ゲーム上でお縄についている自分のアバターを眺めながら、久しぶりの嫌悪感に苛まれる。


……こんな重い自分は嫌だ。私は変わりたい!!


自分の性格が分かる事で変われる何かがあるのなら

きっと今が変わるチャンスなのだろう。

しかも、来週から高校生活がスタートする。


過去の自分を捨てるかのように、私は地味な格好から卒業する。眼鏡もやめてコンタクトをつけ、髪の色も少し明るくした。そして、薄いメイクもするようにした。その結果、高校生活は好転した。


女子のクラスメイトからメイクのやり方などを聞かれるなど中学時代とうって変わり注目の的になり、友達も増えた。


その中でもクラス3大美少女と名高い冷泉さんや海西さん、美内さんというトップカーストと友達になれた事は私にとって明るい出来事だった。


ただ一人、クラスメイトの中で受け入れられない男がいた。


海西陸という男だった。

顔を隠すほど長く伸びた髪に、地味な眼鏡な陰湿な雰囲気の彼を見るたびになぜか私はイライラする。


その雰囲気に私は既視感を持っていた。

窓に映る自分の中にいる、中学時代の自分が彼と重なるのだ。


だから彼と2人の空間ではその嫌悪感が表面に出てしまい、悪く言ってしまうのだ。


決して彼が悪い事をしたわけじゃないのに……。


そんなある日、私は海西さんの家に他の2人とお邪魔する事になった。恋バナをしながらも、うまくいかない彼女たちの様子が煩わしく思っていたら、海西さんの兄に会ってしまった。


海西さんの話では、その人が私の嫌悪感を抱いていたクラスメイトだと知り、一瞬かっこいいと思ってしまった自分に後悔した。


だけど、美内さんは興味津々で海西さんを連れて彼の部屋に行ってしまった。

私と冷泉さんはその様子に呆気に取られたけど、その後を追う。


すると、何やら美内さんが髪を切りたいと言い出した為、急遽彼の散髪が行われた。


彼が変わろうと、隠キャは隠キャ。

そうそう性格が変わるわけがない。


自分の事を棚に上げながら、つまらなそうに部屋の中を眺める。本が多いだけで、特にオタクっぽくない室内を見て意外に思っていると、パソコンが目についた。


そこには見慣れたゲーム、GFOの画面が映し出されていた。興味本位で彼のステータスを見ようと画面を見ると、そこには私のキャラクターが暮らす部屋と似たフロアが映る。

だけど、視点は海西兄のキャラの視点だった。


その光景に驚きを隠せず、画面の左上にあるプレイヤーネームを見る。


そこには『リック』と書いてあるではないか!!

私が驚きで口をパクパクさせている間に髪は切り終わったようで、美内さんは片付けと少しのセットをするとコンタクトをつけるように彼に言う。


コンタクトをつけた彼が私達の前に現れると、部屋の空気が変わる。他の子たちは三者三様にその変化に驚いていた。


私が嫌っていた男が「リック」と言う名前で目の前に現れた事に驚きと疑いの目を向けていた。


だけど、彼が「リック」である事を確かめられない……いや、確かめる勇気もないまま日は過ぎていく。


そして今日、クラスのイケメンの策略で不良達に私達が絡まれる。元々はイケメン君の茶番だったのだけど、怯えている私達を身を挺して守ろうとする彼を見て、その姿が「リック」と最初に会った時の様子とダブって見えた。


そして私は賭けに出る。


怖い思いをさせられた事を理由にカラオケに彼を連行する。想定外なのが、他の3人もついて来た事だったけど、それよりも確認したい事があった。


それは「リック」の好きな歌手、玄米の「打上げ幹事」を一緒に歌う事だった。


それは将来、彼と会ったら一緒に歌おうと約束していた歌だったから、歌える事が分かるとますます彼がリックだと言う事への確信が持てた。


……歌がうまいかと言うと、それはまた別の話なんだけど。


よく考えたら名前も「陸」なのだ。

偶然のかもしれないけど、この日私は決意した。


「リック」が海西陸なのかどうかを聞く事を……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る