第49話 義妹が一緒に帰るはずがない……

時間が8時、カラオケの終了時刻になり、俺は彼女達をそれぞれの最寄り駅まで送った。


玄白の一件があるので自宅まで送っていくことを提案はしたが、アイドル様とギャルは「流石に海西くんが遅くなるから電車から降りることはないよ」と言って申し出を固辞してきた。


義妹は言わずもがな、幼馴染みは自宅が近いので近くまで送ることは可能だが、流石に他の2人をそれぞれの家まで送ろうと思うと軽く22時を超えてしまうので、俺はお言葉に甘えさせてもらった。


だが、今日はいろんなことが起きた1日だった。

人生で一度ももらったことのない自分宛のラブレターの山を目の当たりにしたこと、不良対策を講じるために相談した玄白が裏切ろうとしたこと、クラス4大美少女達にお詫びと言ってカラオケに連行させられたことなど今までに味わったことのないまでの事件が起こった。


それ以上にカラオケでの出来事は今を考えても不可解だ。

義妹を除いた3人がそれぞれのやり方で俺にちょっかいを出して来るおかげで、俺の心は乱された。


髪を切っただけなのに今まで嫌われていたのが嘘のように彼女達はくっついて来るのだから女の子は恐ろしいと思ってしまう。


ただその様子を義妹は不快そうな表情で見ていただけだったので、一貫して俺のことが嫌いなのだと思うと悲しくなった。


だが、帰宅時義妹は3人を送る俺についてきた。

最初は友人達と一緒に帰りたいのかと思っていたけど、幼なじみを送って自宅に戻る道中でさえ、俺の斜め後ろを付いて来るのだ。


2人になり、一緒に歩かないほうがいいのかなと思った俺は少し早足で歩く。すると彼女も合わせて歩く。自販機を眺めるフリをすると、彼女は俺を待った。


……??

先日までの勢いはどうした?まるで借りてきた猫じゃないか!!


一瞬俺は義妹の変化に戸惑ったが、一つの答えに行き着いた。


それは不良との一件だった。


最初に絡まれたのは彼女なのだし、この時間に一人で帰るのは怖かったんだろう。


「怖いのか?」

俺の後ろを歩く義妹に魔が刺したのか、俺は疑問を口にすると、彼女は「なっ!!」と言って立ち止まる。街灯に照らし出される可憐な義妹の顔が驚いてこちらを見ていた。


「そんな訳ないじゃない!!」

と言って、先を行く義妹の後を追いながら彼女の変化について考えを巡らせる。


義妹の口調はきついように思うが刺がやはりない。

俺はわかる。短い付き合いだけど俺だからこそわかる義妹の声のバロメーター。


彼女がほんとに怒っている時は感情を露わにせずに淡々と物を言うのだけど、俺が怒らせる時は何故か感情的になる。そして最近は怒る声にも刺がなくなった。


それは単に俺が彼女に慣れたせいなのか、義妹が俺に慣れたのかなんなのかは理解できない。

だけど少しづつ態度が変わったことは事実だった。


「ねぇ……。」

義妹の変化に戸惑っている俺に、義妹が前を向いたまま声をかけて来る。


「ん?どした?」

俺が返事を返すと義妹はしばらく言葉を出すことなくその場に立ち止まる。俺も義妹の歩行に合わせるように立ち止まると、義妹は闇に浮かぶ月を見るように顔を上げる。


「……入学式の時にあの不良達から私を助けてくれたのはあんたなの?」

俺はそれを聞いて言葉を失う。


義妹に今更聞かれたところでそうだとは言い難い。

別に恩着せがましくするつもりもなければ、彼女の希望どうり仲良くするつもりはない。


だから無言で彼女の言葉を聞き流していると、義妹はこちらを振り向き真剣な眼差しでこちらを見ている。だけどその目はどこか不安そうだ。


「……違う。」

真剣な表情に俺はつく必要のない嘘をつく。

彼女はきっと俺に歩みよることはないし、俺も必要以上に踏み込まない。


義妹はその嘘を聞いて言葉を飲み込むと、「……嘘よ。」と呟いて、俺をいつものように睨みつける。


……それでいい。

睨みつけてくる彼女に無理に合わせる必要はない。

彼女の作った壁に踏み込む勇気は俺にはなかった。


だが、彼女の睨んでいた瞳から一粒の滴が溢れる。

彼女の涙が何を意味しているのかはわからない。が、義妹は言葉を続ける。


「なんで嘘をつくの?」


「無理に知る必要のない事だからだよ。君の言う通りにしようとしてるだけ。」

俺自身は何も変わっていない。


……にも関わらず、髪を切っただけで話しかけて来た義妹に俺は警戒心を持つ。


だが、彼女は俺の言葉に絶句し、俺を睨むとズカズカ俺の前に歩いてくる。


「じゃあ、どうしてあなたはいつも私を助けようとするの?今日も、この前も、入学式の時も!!」

義妹は泣きながら俺のそばに来ると制服の上着を掴む。彼女の手が俺の制服を引っ張り、前後に揺さぶろうとするが、その手から徐々に抜けていく。


「私の言う通りにするんなら初めからほっといてくれればよかったのよ!!」

最後の言葉を口に彼女は完全に脱力し、地面にへたり込む。


「君に何かあればお義父さんと母さんが悲しむから……。」

俺は義妹の弱り切った姿をみて当然のことを口にする。いかに義妹が俺を嫌っていたとしても、俺は彼女の家族なのだ。家族が傷つくのを見たくない。


「そうやっていい人ぶって私を苦しめるの……やめてよ……。あんたを傷つけていた私が惨めじゃない……。」

義妹はそういうと、しばらくその場で泣きじゃくり、俺はしばらくその様子を何も言わずに見ていた。


「……俺は空の兄の代わりになれる訳じゃないことは理解してるし、空が俺を忌み嫌っているのは知っている。だけど、家族として一緒に暮らす以上は誰にも傷ついて欲しくない。」


以前に本当の兄が亡くなってから義妹が素直になれなくなったという事を義父から聞いていたのを思い出す。


彼がどんな奴だったのかは知らないし、知る由もない。ただ、彼が生きていたら義妹ももう少し違う人生を送れていたのだろうと邪推する。


だが、そんな事を考えても致し方のない事だ。


「それに、家族ではないというのなら仕方がない……」

俺が義妹に向かって言うと、義妹は「えっ?」と言う顔になる。


それ以上は俺は何も言わずに義妹を立たせると、先に自宅へと足を向ける。


俺に立たされた義妹は戸惑いながらも後ろをついてくるだけで、何も聞かなかった。




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