第31話 女子達が俺の噂話をするはずがない(後編)

その女子会がお開きになって以降、私たちは仲良くなって一緒に行動することも増えてきた。そして下の名前で互いを呼ぶようになると、私はそのことに感動した。


何せ、クラスのトップカーストの子達と一緒に過ごしているのだ。

中学の頃からは考えられないことだった。


……高校デビューしてよかったとつくづく思う。


そして数日が過ぎた今日、彼女達は私の目の前で抜け殻のようになっていた。3人とも暗い表情でそれぞれに買ったジュースを前に沈黙を貫いている。


「ねぇ、どうしたのよ?明日にゃん、元気がないじゃん!!悩みがあるんあら聞くよ?」

私の正面に座る明日にゃんに声をかけると、彼女はその暗い顔を上げる。

そして、涙目になりながら私の顔を見る。


「……私の好きな作家さんがね、もしかしたら引退しちゃうかもしれないの!!」

悲痛な胸中を暴露する彼女の言葉に、私は力が抜けてしまう。


「なんだ、そんなことなの。でも、明日にゃんには関係なくない?」

私が呆れ返っていると、彼女の視線が鋭くなる。


「そんな事じゃないよ!!大問題だよ!!私の未来の旦那様が岐路に立たされているのよ。それなのに私は何もしてあげることが出来ないなんて!!」

彼女はすでに自分の生涯の伴侶が決まったような口ぶりで私に熱弁を振るう。


……どれだけファンタジーな頭をしているんだろう。接点のない人を旦那呼ばわりするなんて。

明日にゃんのお花畑の脳内にドン引きした私は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「でも、その作家さんと明日にゃんって接点ってないんでしょ?なら落ち込んでも仕方ないじゃん……。」

私が正論を言うと、図星をつかれた彼女は口を紡ぐと、明後日の方を見ながら、「松平せんせー……。」と力なく呟いていた。


「で、空ちは何を悩んでいるの?」

これ以上彼女のお花畑を踏み荒らすと地雷が埋まってそうなので話を明日にゃんから空ちに切り替える。


空ちはペットボトルを両手で包むと、前後にそれを力なく揺らしながら口を開く。


「……この前の雨の日ね、やっと好きな人に会えたの。」


「へぇ〜、よかったじゃん。声は掛けたの?」

私の質問に空ちは首を横に振る。


「ううん、ダメだった。彼女さんを待っていたみたいだし。」


「えっ、そうなの?彼女さんみたの?」

彼女は再び首を横に振る。


「じゃあ、なんでわかるのさ。」


「……傘を持ってた。」


「えっ、雨だから傘くらいは持っているでしょ?それで彼女がいるってわからないじゃん。」

彼女の話を聞く限りでは女の匂いはしない。


「だって、自分は傘を持ってるのに、あと一つ傘を持っているんだよ!!しかも女物だったし、着替えもしていたからきっと家に帰ってまで迎えに行きたかった人なんだよ!!」

私が頭に疑問符を並べていると、彼女は悲痛な胸中を打ち明ける。


「ん?ちょっと待って、家族を迎えに行ったってだけじゃない?兄弟がいるとか……。」


「そうかな……そうなのかな?」

複雑な表情でスカートの裾を握る空ちは黙り込んだ。彼女が話を終えたので、私は綾乃んの方を見る。


「んで、最後。綾乃んはどうしたの?二人みたいにしょうもない事だったら怒るからね!!」

私は握り拳を作り綾乃んを脅す。実際、前の2人は思い込みすぎているのだ。


「……私ですか?」

綾乃んは目のハイライトをなくした瞳でこちらをみてきた。


どこからどうみてもただ事ではなさそうだ。

私は生唾を飲み綾乃んが話し始めるのを待つ。


「私は、好きな人が女性とデートをしているところを見てしまいました。」


「あちゃー、真面目にやばいやつ?けど、これも思い過ごしじゃないの?」

私は額に手を当てて励ますと、彼女は首を振って否定した。


「あれは気のせいじゃないですよ。頭を撫でられて真っ赤になっていたんですよ!?好きじゃなかったらそんな反応はしませんよ!!それに……。」

語気を強めた彼女の口調がだんだん小さくなる。


「それにどうしたの?」


「彼女と賃貸不動産のお店の前で家を見ていたんですよ!!これはもう同棲間近としかいえないじゃないですか!!」

その光景を思い出したのか綾乃んは目を回しながら興奮気味であったことを話している。

だけど……。


「ちょっと待って、彼って同い年だよね?高一で彼女と同棲とかあり得なくない?それこそ兄妹とかじゃないの?」


「いえ、顔が全然似ていませんでしたし、彼も満更じゃなさそうだったので……。」

再び悩み始めた綾乃んのを見て私は頭を抱える。


「じゃあ、明日本人に確認してみたら?いたんでしょう、彼?私もついて行ってあげるからさぁ〜。」


「えっ、えっ!?無理、無理ですよ、そんなの!!」

私の提案に全力で首を振る綾乃んを見ると、私は恋する乙女ってめんどくさー、と思う。


「けど、知らずに悶々とするよりマシでしょ?誰なのよ、その人……!!」


「言わなきゃダメですか?」

綾乃んは私の言葉を聞いておどおどしながら誰かと言うのを躊躇う。


そのはっきりとしない態度に


「ちょっと待って!!教えて欲しいけど、ちょっと待って。空ち、トイレ貸してくれない?」


「あっ、はい……。」



私は空ちにトイレの場所を聞くと「綾乃ん、後で誰か教えてもらうからね!!」と言って部屋から出てトイレにむかう。


「……あぁ、めんどくさい。なんで女ってこんなにめんどくさいんだろう。うじうじしちゃって……。」

個室で一人、心に溜まった鬱憤を吐く。


そしてトイレから出ると洗面所で手を洗いに行く。すると、玄関が開く音がする。


その音の方向を確認しようと手を拭いて洗面所から出ると、そこには同じ高校の男子生徒の姿が見える。


その顔はオールバックにメガネという少しおじさんくさい姿だったけど、顔立ちは整っていてイケメンだった。


靴を脱いだ彼が顔を上げると、私と目があった。


「「あっ!!」」

2人の声が重なり、しばらく見つめ合った。


「すいません、お邪魔しています!!」

私は慌てて挨拶をすると彼も我に返って、「どうも……。」と言ってそのまま2階へと上がって行き、自室に入ってしまった。


少し茫然とした私はしばらく動けなかったけど、我に帰ると足早に空ちの部屋に戻った。


ばん!!と勢いよくドアを開けた為、彼女達は驚いた表情を浮かべた。


「ねぇ、空ち!!あなたお兄さんがいたの?」


「えっ、え?なんのこと?」

早口で問いかける私に彼女は戸惑いを隠せない。


「とぼけちゃって!!あんなかっこいいお兄さんがいるんなら紹介してよ〜!!」


「へぇ〜、空ってお兄さんがいたんだ。」


「空さんのお兄さんってどんな人ですか?」

私の言葉に明日にゃんと綾乃んが同調する。


彼女は最初戸惑っていたけど、私達の質問に次第に無口になる。そして……。


「私にお兄ちゃんなんていない!!お兄ちゃんはもう死んだの!!」

物凄い剣幕で怒る彼女に私達は口を閉じる。


そして沈黙が訪れたが、しばらくすると空ちは重い口を開く。


「あいつは……、陸は……。」

この後、彼女の口から衝撃の事実を聞く事になるのだけど、それがパンドラの箱であることを私達は知らなかった。





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