第24話 アイドル様は不自由なはずがない
私、冷泉綾乃の家はお金持ちだ。
旧財閥系の企業の役員をする父と独自でエステの会社を経営する母の元に生まれて何不自由のない生活をして生きてきた。
普段から欲しいものは買えたし、海外などにもよく連れて行ってもらった。何不自由のない生活。
普通の家庭に生まれていれば決して味わうことのない事をできていたと思うし、この生活が当たり前だと思っていた。
だけど、私にとって唯一手に入れられないものがあった。
それは自由だった。
幼稚園の頃からお金持ちの集まる所に通い、幼、小、中と両親の言われるがままに進学し育ってきた。それは幼い頃なら当たり前の事なんだと思って生きてきた。
誰もが羨む環境を生まれながらにして得ている身からすれば贅沢な悩みな事は理解をしているつもりではあったけど、反抗期を迎えた私にとっては息苦しさを感じていた。
親からは常に優秀であれ、礼節を重んじろ、家のメンツを潰すなと言った事を言われてきたし、身なりやマナーに関しても私のお世話係の方を通じて口煩く指導を受けてきた。
当然のごとく私の通っていた中学校もいわゆるお嬢様学校というもので校風も清廉潔白を謳い、規律の遵守を強いた。
友人関係についても世間知らずのお嬢様ばかりで優秀だけど、どこか人間味の薄い人たちが多かった。その子達が私の家柄を知るとみんな阿るような作り笑いをする。
その笑顔に周囲の人間の私の家柄しか見てていない事を理解すると、その空気に嫌気がさし、私の本心を話合える人は少なくなった。
今思えばその作り笑いをする人間のうちの一人に私も入っていたと思うとゾッとするし、未だにその癖が抜けていない事に嫌悪感を抱いてしまう。
だから、心の奥底ではこの環境から抜け出してしまいたいと願った。
だから中学3年生になると私は両親に塾に通う事を願い出た。
元々は優秀な家庭教師が専属でついてくれていたから塾に通う必要はない。
むしろ成績が下がってしまうことの方を危惧されたが、私にとって家柄を気にする事なく過ごせる時間が欲しいと思い、両親には申し訳ないけど様々な言い訳を駆使して自らの意思を押し通した。
その熱意に折れた両親は送迎付きかつ成績を下げなければ一般の塾に通う事を許してくれた。
私にとって初めての自らの意思で勝ち取った自由を、受験という時期だけでも勝ち得たことは喜びだった。
そこで私は自分の将来を変える人と出会う事になるのだけど、この時の私はそんな事を知らずに浮かれていた。
翌週、両親が選んだ塾へと通う事になった私は初めて通う。
塾へ向かう車の中から私は外の景色を眺めていると、おそらく同じ塾に通うであろう学生達がいた。
友達と仲良く会話をしながら歩く女子生徒、塾に通う事が面倒くさそうな男子生徒など悲喜交交の塾の前を私の乗った車は通り過ぎていく。そして、車が止まると私にとって初めての冒険が始まる。
普段はコンタクトだけど、塾に通うときは地味な眼鏡をかけて通学する。
学校では家庭環境と私の容姿から目立つ事が多い。
日中であればこそお嬢様しかいない学校なので指して問題はなかった。
だけど、今は夜。
家柄上、危険が多い上に男子生徒が塾にはいると聞くので、下手に目立ってしまうことは避けたいという思惑があった。
その効果はテキメンでクラスに入っても誰も私に見向きもしなかった。
誰からも相手をされない気楽さが私の心に生じる。
煩わしい人付き合いや阿った笑顔がない事と、普段なら嗅ぐことのない若者特有の汗や制汗スプレーの匂いが私に安心感を与えた。
その匂いは普通の人にとっては不快なものかもしれないのだけど、私にとっては束の間の自由を感じさせるものになった。
そして教室に入った私は席を確保するために室内を見回す。
だけど、すでに他の生徒が座っているのであまり場所を選べない。
中には生徒同士で話している姿も見受けられたけど、勉強をしにきてまで他の生徒と話す気にはなれなかったので人の少ないところがないか見回す。
すると一箇所だけ離小島のように空いたスペースを見つけたのでそこに座ろうと移動すると、そこには一人の男の子がいた。
長い前髪に隠れた目にかろうじて見えるメガネのフレームが特徴の男の子で、衣服のセンスもお世辞にもいいとは言い難い格好だった。
それ以外には特に不潔感はなかったけど、普段の私とは別の意味で目立っていた。
その人の周りには誰も寄り付きたがらないから自然と私が隣の席に座ったようだった。
周囲からざわめきが起こる。
普段の私の周りにはいない、初めて見る人種の隣に座ってしまった事を後悔したけど、座ってしまった以上は離れる事は失礼だ。
彼に気づかれないように横目で見ながら授業を受ける準備をしていると、彼は他の生徒に目もくれずルーズリーフに何かを書いていた。
……真面目な子なんだ。
見た目からしたら変わった子のようにみえるけど、その髪の奥に隠された瞳が周囲の目を気にする事なく自分のすべき事をしている。
その姿は孤高のように感じ、家庭や周囲の色に合わせて生きていた私とは正反対の生き方をしているように思えた。
だけど、その風貌から避けられている。
それは私のように見た目だけで判断されているのではないかと思ってしまい彼にどこかシンパシーを感じた私はその日以降もこの席で授業を受ける事にした。
まさかこの子が私にとって初めての恋の相手になるとはこの時はまだ知らなかった。
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