30 田崎警部補の報告と竹下莉南からの知らせ



 田崎多鶴子は私に一枚のペーパーを渡した。茂尻山荘事件に関わる黒田美月についての報告書だった。

 

 田崎を乗せた羽田発の航空機は、五分遅れの七時三十五分に女満別空港に到着した。私たちは合流した後、狩原の運転で帰路ファミリーレストランに立ち寄った。三人とも夕食をとっていなかったからだ。


 私は報告書に目を通す。

 その報告書によると、黒田美月は二月十日、港区にある総合病院山田記念病院で生まれ、血液分析は当該病院の臨床検査センターで行われている。

 検体検査を行い、すべて正常値であった。検査項目は、白血球数、赤血球数、ヘモグロビン、ヘマトクリット、МCV、МCH、МCHC、血小板数である。

 DNA検査の記述はなかった。


「検査技師の名は江口トミ、女性、五十七歳。検査結果は、センター長に報告されるから、不正が行われたとは思えない」田沢はパスタを口に運びながら言った。

「勿論、江口に直接会ったわよ。少し気難しい感じはしたけれど、普通の人、悪い人には見えなかった」


 それでは、何故死神は美月を保護したのであろうか。

 それとも、この事件、別の二つの事件とは全く性質の異なる事件なのか。


「それで、黒田夫妻については、どうなの、気になることはなかった」

「人間としてはね、普通の人。でも、私たちとは、別次元の人たち。資産五千億だって。世田谷の豪邸に住んでいたわ。都内各地にビルを所有、豪勢な生活をしていたわよ」

「ついでに、その不動産をどうやって手にしてきたのかも調べて、今の経営状態も含めて」

「マヨは、相変わらず、人使いが荒いわね」

 田崎はそう言ってにやりと笑った。


「そうそう、佃課長、怒っていたわよ。あいつ、全然報告を寄こさないって」

「嘘でしょう」

 噛んでいたステーキが急に不味くなった。

「マヨちゃん、そろそろ、報告に行かないと、東京に戻されるわよ」


 それは、まずい。

「明日にでも、電話するわ。東京に行くのは、田鶴母さんの報告を待ってから」

「そう、それなら、私も急がないとね」


 田崎はコーヒーを飲みながら訊いた。

「こちらでは、何かあった?」

「薫姉さん、アルハモアナの話、してやって」


 狩原は姿勢を正した。

「驚かないで、洋館の壁の中に、ノートが埋めこまれてあったの。アルハモアナの記録」

「うん、……それで」

 田崎が身を乗り出した。

「そのノートを書いたのは、マヨのお父様、遠見悟志」

「それで?」


 狩原はノートに記載されていた内容を話した。

「あああー、面倒くさいわね。なんて、ことなの」田崎はそう吐き捨てて、大きな溜息をついた。「いつまで経っても、事件解決まで、辿りつけそうもないわね」


「そだねー。小田切拓真も、逃げちゃったみたいだし。鉄の斧は、彼が持っているかもしれないのに」

 田崎の大きな吐息が聞こえた。


「ところで、田鶴母さん、私の母親、遠見藍子の行方、何か分かった?」

 私はわざと笑みを浮かべて訊いた。

「そこまで、手が回らないわよ。物事には、順番というものがあるでしょう」



 スマホの着信音が鳴った。

「莉南から」

 私はそう言って、耳に当てた。

「マヨさん、わたし、今、黒川保の車を追っているの。今、何処?」

「女満別空港の近く」

「わー、遠いわね。わたし、今、39号線、北見国道の留辺蘂を走っているの。黒川の車、東に、旭川方面に向かって走っている、わー、青信号、また電話する」

 音信が途絶えた。

 黒川保。篠原さやかの娘、陽菜の検査をした、失踪中の臨床検査技師。


「黒川保の車、追っているって。今、留辺蘂、北見国道の」

「さぁ、行きましょう」

 狩原が立ち上がった。

「田鶴母さん、一緒に行く?」

 私が訊いた。

「行くわよ、私も、警察官よ」

「じゃ、清算して、車に来て」


 私は狩原を追った。

 ショルダーバックを抱えて、ファミリーレストラン飛び出すと、狩原は既に車の運転席のドアを開けているところだった。

「薫姉さん、わたしが、運転する」

 狩原は後部座席のドアを開けて乗り込んだ。

 私は運転席に滑り込む。


 スマホの着信音が鳴った。竹下からだ。

「はい、戸田」

「今、つつじ公園を過ぎたところ、黒川は西に向かっている」

「一人なの?」

「一人、バイクだから」

「今井班長に報告したの?」

「これから」

「早くしなさい、早く」

「分かった。わー、青。また……」


 田崎がファミリーレストランから飛び出してきた。

 丸い体を転がすように走って来る。

 わたしは、エンジンをかけた。

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