34 怪人は化粧をしていた 黄金の家宅捜索

 

 北見国道から黒川保の山荘へ通じる林道には、三台の警察車両と鑑識課の車両が二台停まっていた。

 私は山荘の玄関近くまで進み、木立の陰にバイクを停めた。

 靴カバーを履き、山荘に入って行く。

 制服姿の鑑識課員六名が、一階の広間を捜索していた。その中に狩原薫と今井警部補の姿も見えた。


 狩原と目が合うと、彼女は小さく頷き私に近づいてきた。

「警視、莉南の様子は、どうでした」

「元気だった。近く復帰できると思う」

「そうですか」

 彼女は警察組織の中では、私のことを警視と呼ぶ。真面目くさっている彼女の顔を見ていると、ふきだしそうになる。


「黒川は、この山荘を十日ほど前に買ったようです。ここに身を潜めて、様子を窺っていたんですね」

「何か、見つかった?」

 私は手袋を嵌めながら訊いた。

「現金一千三百万、バックから出てきました。後は生活用品、仕事関連の書籍、資料、医療器具などですね。今のところ、怪人との繋がりを示す物証は出ていません」

 彼女はそう答えて、テーブルの上に並べられた押収品を指さした。


「警視、ご苦労様です」

 今井が押収品一覧表から私に視線を移して言った。


「今井さん、ひとつ訊きたいんだけど」

 私はそう言って彼に近づいていき、話を続けた。

「あのサイコパス野郎に体を掴まれたとき、何か感じなかったですか」

「あっという間に、投げ飛ばされましたから。もの凄い力でした」

 彼はそう答えて、唇を噛みしめた。


「重機で引き上げられたような感じはしなかった?」

「そうですね。それぐらいの威力はありましたね。あれは人間業ではなかったですよ、しかも、女でしょう」

 確かにあの怪人は女だった。私が女だと分かったのは、怪人が発した声からだった。何故、今井は女だと分かったのだろう。そのことを確かめようと、彼に視線を向けた時に、彼の顔に笑顔が零れた。


「警視、匂いがしました。あれは、香水か、それとも、化粧品の匂い、か……」

「今井さん、あの時、紺色のスーツを着ていましたね。そのスーツ、どうしました」

「汚れましたので、クリーニングに出そうと、家の壁に吊るしてあります」

「今井さん、竹下のスーツ、今どこにあるの」

「彼女は、病院に直行しましたから、そこにあるとおもいま……」


 今井はスーツからスマホを出して、電話をかけた。

「警察病院ですね。……そちらで、今、竹下莉南という女性警察官が検査を受けているのですが……、今検査着に着替えていると、思うのですが、彼女の来ていたスーツ、そちらにありますね」

 そこまで言うと、今井は私を見詰めた。

「今、調べてもらっています」


 緊張した時間が、秒を刻む。

「はい」今井は大声を上げた。

「はい、はい、……。いいですか、その籠は、そのまま手を触れないで、厳重に保管してください。すぐ鑑識官が、そちらに行きますから、渡してください」


 今井が私に笑顔を向けた。

「着替え用の籠の中にあるそうです」


 二階から鑑識課員が駈け下りてきた。

「今井班長、お宝が出ました」


 今井が階段を駆け上がっていく。私と狩原も後に続く。

 二階に上がり、寝室に飛び込むと、金色に輝くインゴットが五、六個転がっていた。

 天井の壁を破って落ちてきたのか、天井の破れ目に引っかかっているインゴットが見える。

 鑑識課員が床に転がっているインゴットを一つ持ち上げた。

「二十四金のインゴットですね。一個百グラムあります」

「相場で、一ついくらです?」

 狩原が目を輝かせて訊いた。

「一つ、八十万円ほどだと、思います」

 

 目の前に、インゴットが次から次と、音をたてて落ちてきた。

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